「カスハラ対策」という言葉を耳にする機会は増えましたが、義務化を前に「結局、自社は何から手をつければよいのか」と悩む実務担当者は少なくありません。本記事では、定義や正当なクレームとの違いから、義務化される措置、具体例、現場で使える5つの対応手順までを実務目線で整理します。
この記事でわかること
- カスハラ対策とは何か
- 正当なクレームとカスハラの違い
- 義務化で企業が整えるべき措置の内容
- 現場で使える5つの対応手順と初期対応チェックリスト
- 業種別の対策ポイントと編集部独自の重点整理
カスハラ対策とは、顧客・取引先・施設利用者などからの社会通念上許容される範囲を超えた言動から従業員を守るために、企業が方針・相談体制・対応フロー・再発防止策を整える取り組みです。2026年10月1日からは、労働者を雇用するすべての事業主に対し、カスハラ防止のための雇用管理上必要な措置が義務化されます。
カスハラ対策実務ガイド編集部の結論
編集部では、企業が最初に整えるべきものは、分厚いマニュアルではなく次の4点だと考えます。①会社として守る線引き、②現場が一人で抱え込まない相談ルート、③対応を打ち切る基準、④記録を残す仕組み。制度対応としての文書整備だけでなく、現場が実際に使える基準に落とし込むことが重要です。特に、店舗・コールセンター・医療介護・BtoB取引のように現場担当者が顧客と直接向き合う業種では、「誰が判断するか」「どこで対応を切り替えるか」を事前に決めておくことが、従業員保護と対応品質の両立につながります。なお本記事の編集部独自整理は、厚生労働省・政府広報オンライン等の公的情報をもとに、企業の人事・総務・店舗管理・コールセンター運営で実際に使いやすい形へ再構成したものです。
この記事の編集者

カスハラ対策実務ガイド編集部
カスハラ対策実務ガイドは、企業・店舗・現場担当者に向けて、カスタマーハラスメント対策に役立つ実務情報を発信するWebメディアです。編集部では、カスハラの基礎知識、社内体制づくり、従業員を守る対応手順、マニュアル整備のポイントなどを、現場で活用しやすい形でわかりやすくお届けしています。
カスハラ対策とは?義務化で企業がすべきこと

まずは細かな定義より先に「企業が何を整えればよいのか」という結論から確認します。あわせて、対策が誰のための取り組みなのかを押さえましょう。
カスハラ対策の意味と目的
カスハラ対策とは、顧客や取引先、施設利用者といった事業に関係する人からの、社会通念上許容される範囲を超えた言動(暴言、脅迫、土下座の強要、不当な要求、長時間の拘束など)によって従業員の就業環境が害されることを防ぐための取り組みです。目的は大きく二つあります。第一に、従業員を過度なストレスや精神的・肉体的負担から守ること。第二に、不当な要求に組織として毅然と対応できる体制をつくり、対応のブレや現場の疲弊を防ぐことです。重要なのは、カスハラ対策は「クレームを封じる」ものではないという点です。
商品やサービスへの正当な意見・苦情は業務改善につながる貴重な情報であり、対策の対象はあくまで「社会通念上の範囲を超えた言動」に限られます。この線引きを誤らない仕組みづくりこそが、対策の出発点になります。
企業が最低限整えるべき対応の全体像
義務化を前に企業が最低限整えるべき骨子は、次の4点に集約できます。詳細な手順は後述しますが、まずは全体像として頭に入れておきましょう。
- <方針の明確化と周知>:カスハラに毅然と対応し従業員を守る方針を会社として示す
- <相談体制の整備>:相談窓口を定め、担当者が適切に対応できるようにする
- <対応フローの準備>:発生時の事実確認・被害者配慮・記録の流れを決めておく
- <再発防止策>:研修・マニュアル改訂などで予防と定着を図る
この「方針・相談・対応・再発防止」の4本柱が、義務化で求められる措置の土台になります。
まず方針文書から作成する場合は、カスハラ社内方針の例文テンプレートを参考にしてください。社内周知向けとホームページ掲載向けの文例をそのまま編集できます。
あわせて、編集部では着手の優先順位を次のように整理しています。すべてを同時に完璧にする必要はなく、現場が困る順から整えるのが現実的です。
カスハラ対策実務ガイド編集部が考える着手優先度
| 優先度 | まず整えること | 理由 | 具体例 |
|---|---|---|---|
| 最優先 | 相談・エスカレーションルート | 現場が一人で抱え込むのを防ぐ | 店長・SV・人事・法務への連絡基準 |
| 高 | 対応打ち切り基準 | 長時間拘束や暴言対応の迷いを減らす | 何分を目安に上長へ引き継ぐか |
| 高 | 記録様式 | 後日の法務・労務対応に備える | 発言内容・日時・対応者・証拠の保存 |
| 中 | 顧客向け方針 | 抑止と従業員保護の姿勢を示す | 店頭掲示・Web掲載・電話案内 |
自社の対策状況を一覧で確認したい場合は、カスハラチェックリストで、判断基準・初動対応・企業向け対策の3場面をまとめて点検できます。
カスハラ対策は従業員と企業の両方を守る取り組み
カスハラ対策は、被害を受ける従業員を守るだけの取り組みではありません。放置すれば、職場環境の悪化による離職、対応に追われることによる本来業務の停滞、そして従業員に対する安全配慮義務(企業が労働者の生命・身体の安全に配慮すべき法律上の義務)の違反による損害賠償リスクへと連鎖します。
逆に、組織として備えを整えておけば、現場担当者は「一人で抱え込まなくてよい」という安心のもとで毅然と対応でき、結果として顧客対応全体の質も安定します。つまりカスハラ対策は、従業員の働きやすさと企業のリスク管理・事業継続を同時に支える、守りと攻めの両面を持つ取り組みだといえます。
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カスハラ対策義務化で企業がやるべき5つの措置とは?施行日と準備手順を解説
カスハラの定義と正当なクレームとの違い

対策の前提として、どこからがカスハラなのかを正確に理解する必要があります。法律上の判断要素と、正当なクレームとの分け方を整理します。
カスハラに該当する3つの判断要素
改正労働施策総合推進法および厚生労働省の指針(政府広報オンラインの解説)では、次の3つをすべて満たすものがカスハラ(職場におけるカスタマーハラスメント)とされています。
- <①関係者の言動>:顧客・取引先・施設利用者など事業に関係する者の言動である
- <②範囲を超える>:業務の性質等に照らし社会通念上許容される範囲を超えている
- <③就業環境を害する>:その言動により労働者の就業環境が害される
ポイントは、3要素のうち一つでも欠ければカスハラには当たらないという点です。たとえば内容が正当な苦情(商品の不具合など)であれば、声が大きくても①〜③をすべて満たすとは限りません。「言動の内容」と「手段・態様」の両面から、許容範囲を超えているかを見る必要があります。
正当なクレームとカスハラを分ける判断基準
正当なクレームとカスハラを切り分けるには、感情ではなく観点ごとに整理することが有効です。下表を判断の軸として活用してください。
| 観点 | 正当なクレーム | カスハラに該当しうる行為 |
|---|---|---|
| 要求内容 | 商品交換・返金・説明要求など合理性がある | 契約外サービス・過大な金銭要求・土下座要求 |
| 伝え方 | 冷静・具体的 | 暴言・脅迫・人格否定・長時間拘束 |
| 頻度 | 必要な範囲 | 同じ要求を執拗に繰り返す |
| 目的 | 問題解決 | 担当者への攻撃・制裁・嫌がらせ |
あわせて、現場で迷ったときに使えるチェックリストを掲げます。複数に当てはまる場合は、組織的な対応へ切り替える目安になります。
カスハラ判断チェックリスト
- 要求の内容が契約や商品・サービスと無関係、または明らかに過大である
- 暴言・脅迫・人格否定など、伝え方が社会通念を超えている
- 同じ主張を執拗に繰り返す、長時間拘束する
- 目的が問題解決でなく担当者個人への攻撃や制裁に向いている
- 対応した従業員が強い精神的負担を訴えている
編集部が推奨する判断フレーム
現場判断では「要求内容」「伝え方」「継続性」「従業員への影響」の4点で確認することを編集部では推奨します。特に、要求内容が一部正当であっても、伝え方や拘束時間が社会通念上の範囲を超える場合は、通常のクレーム対応から組織対応へ切り替えるべきです。
なお、現場で「これは通常のクレームか、カスハラか」と迷いやすい場合は、要求内容・手段・継続性などを5つの基準で整理した「カスハラとクレームの違い」も確認しておくと判断しやすくなります。
クレーム対応を過度に恐れすぎないための考え方
線引きを意識しすぎるあまり、正当なクレームまで身構えてしまうと、本来必要な誠実な対応がおろそかになりかねません。たとえば政府広報オンラインでは、厚生労働省が行ったスーパーマーケット業界の実態把握調査として、カスハラに発展した原因の上位に「顧客対応・サービス等の遅延」や「対応者の説明・コミュニケーションの不足」が挙がっていることを紹介しています。
業種は限られますが、カスハラ予防には顧客対応の品質向上も重要であることがわかります。大切なのは、まず正当な意見には真摯に向き合い、そのうえで社会通念上の範囲を超えた言動に対してのみ毅然と線を引くという順序です。「すべてのクレーム=敵」と捉えるのではなく、改善の声と不当な言動を冷静に仕分ける視点を持つことが、結果的に従業員を守ることにつながります。
カスハラに該当しうる行為の具体例

読者の多くは定義より具体例で理解します。厚生労働省・政府広報の整理をもとに、自社事例と照合できるよう典型例を示します。
暴言・脅迫・土下座要求など明確に問題となる例
手段・態様の面で社会通念を明らかに超えるものは、カスハラに該当する可能性が高く、同時に暴行罪・脅迫罪・強要罪などの犯罪に当たりうる行為です。代表的なものは次のとおりです。
- <身体的な攻撃>:殴る・蹴る・叩く・物にぶつけるなどの暴行
- <精神的な攻撃>:「死ね」「殺すぞ」等の暴言・脅迫、人格否定
- <土下座の強要>:謝罪として土下座を求める(強要罪に当たりうる)
- <不当な損害賠償要求>:商品・サービスと無関係な金銭を要求する
実際、商品の不備を理由に店員へ土下座を強要し写真をSNSに公開した事案で加害者が逮捕された報道もあり、これらは「お客様だから」では正当化されません。
暴言・脅迫・土下座要求・長時間拘束など、現場で起こりやすい具体例をさらに詳しく確認したい場合は、カスタマーハラスメントの事例15選も参考にしてください。
長時間電話・居座り・執拗な要求など判断に迷いやすい例
暴言ほど明白でなくても、繰り返しや拘束の度合いによってカスハラに当たる行為があります。厚労省の実態調査でも、企業が判断した事案として「継続的・執拗な言動」が最も多く挙げられています。
- <長時間拘束>:長時間の電話、長時間の居座り・説教
- <執拗な反復>:同じ質問・要求を何度も繰り返す、頻繁な来店クレーム
- <不退去>:退去を求めても店舗等に居座り続ける(不退去罪に当たりうる)
これらは一回ごとの言動が穏やかでも、累積で就業環境を害する点が特徴です。なお「何分以上ならカスハラ」という公的な線引きはありません。社内運用では30分・60分など一定の目安を設け、その時点で上長へ引き継ぐ基準を決めておくと、現場が判断に迷いにくくなります。
警告や退去要請をしても迷惑行為が続く場合には、以後の来店を断る「出禁」も選択肢になります。カスハラ客を出禁にできるケースと判断基準では、出禁の法的根拠や段階的な判断方法を詳しく整理しています。
「社長を呼べ」「誠意を見せろ」への実務対応
「社長を呼べ」「今すぐ来い」「誠意を見せろ」といった要求は、カスハラの典型的な切り出しです。重要なのは、こうした場面でどう切り返すかを社内で共有しておくことです。要求を曖昧に飲んだり、安易に担当を変えたりすると、かえって増長を招きます。「担当窓口として受ける」という姿勢を軸に、返答の型を持っておきましょう。
切り返しの参考例
顧客:社長を呼べ。
担当者:恐れ入りますが、本件は担当窓口である私が承ります。内容を確認したうえで、必要に応じて社内で共有いたします。※「誠意を見せろ」には、「どのような対応をご希望か、具体的にお聞かせください」と返し、抽象的な要求を具体化させて記録に残すのが有効です。
編集部の実務整理
こうした場面で最も避けるべきなのは、担当者がその場の圧力に押されて約束してしまうことです。「上に伝えます」「検討します」という曖昧な返答も、相手に追加要求の余地を与えることがあります。回答できる範囲、持ち帰る範囲、対応を終了する基準を事前に決めておくことが重要です。
なお、「誠意を見せろ」という要求が、土下座・謝罪文・念書・個人名での謝罪などに具体化した場合は、その場で安易に応じず、要求内容と求め方を分けて判断する必要があります。謝罪要求に応じる・断る・持ち帰る判断基準は、別記事で詳しく解説しています。
SNS投稿・口コミ・個人名晒しへの対応
近年増えているのが、「ネットに書く」と脅す、口コミに事実無根の内容を投稿する、担当者の氏名を晒すといった行為です。これらも就業環境を害するカスハラに当たりうるもので、内容によっては名誉毀損や脅迫の問題にもなります。対応の基本は、まず投稿日時・URL・内容のスクリーンショットなど証拠を保全することです。投稿者本人とのやり取りで解決を急ぐより、事実関係を記録したうえで、削除請求や法的対応の要否を弁護士に相談する流れが安全です。従業員個人が矢面に立たされないよう、後述の名札の工夫など個人情報を守る配慮もあわせて検討します。
カスハラ対策が企業に求められる背景と法改正の流れ

なぜ今、対策が義務化されるのか。被害の実態と、東京都の条例から国の法改正に至るまでの流れを時系列で整理します。
相談件数の増加と深刻化する被害の実態
カスハラへの対応が急務とされる背景には、相談の増加があります。厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査(令和5年度)」(政府広報オンライン)では、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為について労働者からの相談があったと回答した企業は27.9%で、前回(令和2年度)調査から8.4ポイント増加しました。カスハラが職場の重要なリスクとして顕在化していることがわかります。判断された事案の内容は「継続的・執拗な言動」が約7割で最も多く、次いで「威圧的な言動」「精神的な攻撃」と続きます。被害は従業員のメンタル不調や離職に直結し、人手不足のなかで企業の採用競争力にも影響するため、放置できない問題となっています。
放置が招く離職・損害賠償・安全配慮義務違反のリスク
カスハラを放置することは、企業にとって複数の深刻なリスクを抱え込むことを意味します。主なものは次のとおりです。
- <離職・事業停滞>:職場環境が悪化し人材が流出、現場が回らなくなる
- <損害賠償責任>:安全配慮義務違反として企業が賠償責任を負う
- <労災認定>:被害で精神疾患を発症し労災と認定される
実際、夜勤中にせん妄状態の入院患者から暴行を受け障害が残った看護師について、病院側の安全配慮義務違反を認め、約2,000万円の損害賠償責任を肯定した裁判例(医療法人社団こうかん会事件)もあります。「対応は現場任せ」という姿勢自体が、法的リスクの源泉になりうる点を理解しておく必要があります。
東京都条例から国の法改正・指針告示へ進んだ流れ
カスハラ対策の制度化は、自治体の先行から国の法改正へと段階的に進みました。時系列で押さえておきましょう。
- <2025年4月1日>:全国初の東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が施行
- <2025年6月11日>:改正労働施策総合推進法が公布(令和7年法律第63号)
- <2026年2月26日>:雇用管理上講ずべき措置等の指針を公表(厚労省告示第51号)
- <2026年10月1日>:カスハラ防止措置が事業主の義務として施行
この流れにより、努力義務にとどまっていた取り組みが、全事業主に課される明確な法的義務へと格上げされました。
カスハラ対策として企業に義務化される措置内容
義務化で具体的に何が求められるのかを、事前準備と発生時対応に分けて確認します。対象範囲についても誤解のないよう整理します。
義務化で求められる雇用管理上の措置の全体像
改正法では、カスハラ対策が「雇用管理上の措置義務」と位置づけられました。指針が示す枠組み(厚生労働省)は、事前の準備と発生時の対応に大別できます。全体像を一覧で示します。
| 区分 | 講ずべき措置(指針の枠組み) |
|---|---|
| 事前の準備 | 毅然と対応し労働者を守る方針の明確化・周知/カスハラの内容と対処方針の周知 |
| 相談窓口の設定・周知/担当者が適切に対応できる体制/悪質事案への対処方針と体制整備 | |
| 発生時の対応 | 事実関係の迅速・正確な確認/被害者への配慮措置/再発防止措置 |
| 相談者のプライバシー保護/相談を理由とする不利益取扱いの禁止の周知 |
これらは「方針→相談→対応→再発防止」という流れで一体的に整えることが求められます。
指針では、このほかにも特に悪質な事案への対処方針、相談者のプライバシー保護、不利益取扱いの禁止などが具体的に定められています。各措置の内容と、企業が残しておきたい成果物・証跡は、カスハラ指針の実務対応を解説した記事で整理しています。
事前準備で整えるべき方針・周知・相談体制
発生してから慌てないために、事前準備の中心となるのは「方針」と「相談体制」です。まず、カスハラには毅然と対応し従業員を守るという会社の方針を明確化し、従業員に周知・啓発します。あわせて、何がカスハラに当たり、どう対処するのかという内容も共有しておきます。
次に、相談窓口を定めて従業員に周知し、窓口担当者が内容や状況に応じて適切に対応できるよう準備します。特に悪質と考えられる事案については、対処の方針と体制(誰にエスカレーションし、どこから弁護士・警察と連携するか)をあらかじめ決めておくことが重要です。これらを文書化し、研修で浸透させておくことで、現場が判断に迷う時間を減らせます。
窓口担当者の決め方や受付方法、弁護士・警察など社外相談先へのつなぎ方は、「カスハラ相談窓口の作り方」で具体的に解説しています。
発生時に必要な事実確認・被害者配慮・再発防止
実際にカスハラが起きた際は、対応の順序が重要になります。まず、いつ・誰が・どのような言動を行ったのかという事実関係を迅速かつ正確に確認します。次に、被害を受けた従業員への配慮として、メンタル面のケアや、悪質な相手に一人で対応させないといった措置を速やかに行います。そのうえで、同種の事案を繰り返さないための再発防止策(マニュアル改訂、研修、情報共有など)を講じます。
これらと併せて、相談した従業員のプライバシーを守り、相談したことを理由に不利益な取扱いをしない旨を定めて周知することも、指針で求められています。「相談したら評価が下がる」と感じさせない運用が、早期発見の前提になります。
中小企業・店舗・コールセンターも対象になるのか
結論として、この義務はすべての事業主が対象です。パワハラ防止措置のような中小企業への猶予期間は設けられておらず、労働者を一人でも雇用していれば事業規模を問わず対象になります。したがって、個人経営の店舗、中小企業、コールセンター、医療・介護現場なども例外ではありません。「うちは小さいから関係ない」という認識は誤りで、2026年10月1日の施行に向けて、規模に応じた形であっても方針・相談体制・対応フローを整える必要があります。義務に違反した場合、報告徴求や助言・指導・勧告、さらには企業名公表の対象となりうる点も押さえておきましょう。
また、2026年10月の国の義務化とは別に、東京都など一部自治体ではカスハラ防止条例がすでに施行されています。複数地域に店舗・拠点を持つ企業は、国の義務化だけでなく、所在地ごとの条例の有無も確認しておく必要があります。
カスハラ対策として企業が踏むべき5つのステップ
義務化の措置を、実務担当者が着手順に動けるよう5つのステップに落とし込みます。各ステップに現場で使えるパーツを添えます。
ステップ1 会社の方針を明確化し従業員に周知する
最初に行うのは、会社としての方針を言葉にして示すことです。経営トップが「迷惑行為は顧客であっても許さない」「不当な要求は毅然と断る」「従業員を会社として守る」と明確に発信することで、現場は自信を持って線を引けるようになります。社内向けの宣言に加え、顧客向けの方針掲示も有効です。
顧客向けカスハラ対応方針の文案例
当社は、お客様からのご意見・ご要望を真摯に承ります。一方で、暴言・脅迫・土下座の強要・不当な要求・長時間の拘束など、社会通念上の範囲を超える行為に対しては、従業員を守るため、お断りや対応の中止、関係機関への相談等の措置をとらせていただきます。
ステップ2 相談窓口と対応体制を整備する
次に、従業員が困ったときに相談できる窓口を設け、周知します。窓口は社内に置くだけでなく、クレーム対応に詳しい弁護士など社外にも相談ルートを持っておくと、法的見解を踏まえて現場を支えられます。相談を受けた内容は記録に残し、組織で共有できるようにします。記録シートにはあらかじめ次の項目を盛り込んでおくと、対応の引き継ぎがスムーズです。
- <基本情報>:発生日時・場所・対応者・相手の特徴や連絡先
- <言動の内容>:具体的な発言・要求・行為(できるだけ事実ベースで)
- <対応経過>:誰がどう対応し、現在どの段階にあるか
- <今後の方針>:継続対応・エスカレーション・終了などの判断
具体的な記載項目や記入例、社内で使える様式については、カスハラ報告書の書き方で詳しく解説しています。
ステップ3 対応マニュアルを作成し研修で浸透させる
方針と窓口を、現場で機能する形にするのがマニュアルと研修です。業種ごとに迷惑行為のパターンはある程度決まっているため、典型場面ごとの「望ましい対応/望ましくない対応」を整理しておくと現場が動きやすくなります。マニュアルに盛り込むべき主な項目は次のとおりです。
- <事例集>:自社で起こりうる迷惑行為・不当要求の具体例
- <対応例>:事例ごとの望ましい対応と避けるべき対応
- <記録方法>:メモ・録音など証拠の残し方
- <連携体制>:社内相談先と、弁護士・警察への連絡手順
作成は現場リーダーと専門家が協力し、事例が増えるごとに改訂するのが効果的です。汎用的なひな型としては、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(あかるい職場応援団)も参考になります。
マニュアルの作成方法に関する記事も合わせてご覧ください。
ステップ4 正当なクレームと切り分ける判断基準を設ける
対応を現場の感覚任せにすると、真摯に向き合うべき正当なクレームをカスハラと誤判定する危険があります。これを防ぐため、組織として判断する仕組みをつくります。具体的には、本記事の比較表やチェックリストを社内基準として共有し、迷ったら一人で判断せず上長や相談窓口に確認する運用にします。判断の流れは「①正当な苦情か内容を確認 → ②伝え方・頻度・目的が範囲を超えるか確認 → ③超える場合は組織対応へ切替」という順序を基本とし、現場が同じ物差しで動けるようにしておくことが大切です。
ステップ5 弁護士・警察と連携できる備えをつくる
自社だけでは対応が難しい段階に備え、外部連携の基準を決めておきます。判断がつきやすいよう、エスカレーションの目安を明確にしておきましょう。
- <警察に連絡>:暴行・脅迫・土下座の強要、退去拒否など犯罪に当たりうる行為
- <弁護士に相談>:不当要求の長期化、金銭請求、SNSでの中傷・氏名晒し
- <事前準備>:通報文例の用意、相手の氏名・連絡先の把握、記録の保全
弁護士に依頼すれば、以後の連絡窓口を弁護士に一本化でき、従業員を相手との直接対応から解放できます。
カスハラ対策実務ガイド編集部作成|初期対応チェックリスト
自社の備えを点検する目安として、編集部が作成したチェックリストを掲げます。社内検討の出発点としてご活用ください。
- カスハラに該当しうる行為を社内で定義している
- 顧客向けの対応方針を作成している
- 従業員が相談できる窓口を明示している
- 上長・人事・法務へのエスカレーション基準がある
- 長時間対応・暴言・脅迫時の対応打ち切り基準がある
- 相談記録シートの様式がある
- 録音・録画・スクリーンショットの保存ルールがある
- 弁護士・警察に相談する基準がある
- 研修やロールプレイを実施している
- 対応履歴をもとにマニュアルを更新している
業種別に見るカスハラ対策のポイント
カスハラの態様は業種・業態で大きく異なります。典型的な事案と、特に押さえたい対応ポイントを業種別に整理します。
まず、各業種の重点ポイントを一覧で示します。自社の業種から確認してください。
カスハラ対策実務ガイド編集部の業種別重点ポイント
| 業種 | 起こりやすい場面 | 最初に整えるべき基準 | 特に注意すべきこと |
|---|---|---|---|
| 店舗・小売 | 対面での暴言、居座り | 退去依頼と複数名対応の基準 | 担当者を一人にしない |
| コールセンター | 長時間通話、再入電 | 切電基準とSV引き継ぎ基準 | オペレーター個人に判断させない |
| 医療・介護 | 利用者・家族からの暴言・過度要求 | 安全確保と複数名対応 | ケア継続とのバランス |
| 宿泊・飲食・交通 | 酩酊客、過剰要求 | 対応中止・警察連携基準 | 安全確保を優先 |
| BtoB | 取引先からの契約外要求 | 担当変更・契約見直し基準 | 営業担当だけに背負わせない |
店舗・小売業で必要な対策
店舗・小売業では、レジや売場での暴言、土下座の強要、欠品クレーム、長時間の居座りなどが典型です。対面ゆえに従業員が一人で矢面に立ちやすいため、複数名で対応に入る体制と、退去を求める判断基準・声かけの型を共有しておくことが重要です。防犯カメラの記録活用や、店長へ即時にエスカレーションする導線も整えておきましょう。
コールセンターで必要な対策
コールセンターでは、長時間の電話拘束、繰り返しの入電、オペレーターへの暴言が中心です。電話は記録を残しやすい一方、切電の判断を個人に委ねると精神的負担が偏ります。対応時間や同一内容の繰り返しに上限の目安を設け、「一定の条件を満たせば通話を終了してよい」というルールを明文化しておくことが、オペレーターを守る要になります。
なお、コールセンターでは「一定の条件を満たせば通話を終了してよい」という方針だけでなく、録音告知、SVへのエスカレーション、長時間通話の切電基準、繰り返し架電への対応、場面別の対応フレーズまで具体化しておくことが重要です。電話対応に特化した実務手順は、コールセンターのカスハラ対策7選と切電ルール・対応フレーズで詳しく解説しています。
医療・介護・福祉現場で必要な対策
医療・介護・福祉では、患者・利用者やその家族からの暴力・暴言、過度なケア要求が問題になります。ケアの継続性ゆえに対応を断りにくい難しさがありますが、安全配慮義務の観点からも、職員を一人で対応させない体制が不可欠です。患者を「○○さん」と呼ぶなど対等な関係づくりの工夫や、組織として対応方針を共有する仕組みが有効です。
特に介護施設では、利用者本人のBPSDによる言動、家族からの過剰要求、契約解除・退去の判断など、一般的なカスハラ対策だけでは整理しきれない論点があります。施設長・管理者向けの具体的な初動対応は、介護施設のカスハラ対応ガイドで詳しく解説しています。
病院・クリニックでは、患者対応をどこまで継続すべきかという判断に、応招義務や診療拒否の論点が関わるため、一般的なカスハラ対策だけでは整理しきれない場面があります。医療機関向けの判断基準や初動対応は、病院・クリニックのカスハラ対策と応招義務・診療拒否の考え方で詳しく解説しています。
また、調剤薬局では、待ち時間や医薬品の在庫不足をめぐるトラブルに加え、薬剤師法上の応需義務と調剤拒否の線引きが問題になります。薬局向けの判断基準・声かけ例・記録項目は、「薬局のカスハラ対策と応需義務・調剤拒否の考え方」で確認できます。
宿泊・飲食・交通など接客業で必要な対策
宿泊・飲食・交通などの接客業では、清掃やサービスへの不当なグレードアップ要求、酩酊客からの暴行・暴言などが見られます。不特定多数と接するため、現場で対応を打ち切る判断軸と、責任者へ引き継ぐ手順を明確にしておくことが鍵です。公共交通など安全に関わる場面では、警察との連携基準も具体的に定めておきましょう。
特に飲食店では、酔客対応、長時間の居座り、無断撮影、口コミ・SNSでの悪評示唆など、店頭ならではの判断が必要になります。飲食店向けの具体的な対応例や掲示文は、飲食店のカスハラ対策完全ガイドで詳しく解説しています。
BtoB企業・取引先対応で必要な対策
BtoB企業では、取引上の優越的な立場を背景に、契約外の対応強要や担当者個人への執拗な叱責が起こりがちです。取引関係への影響を恐れて泣き寝入りしやすい点が特徴ですが、不当な要求を続ける取引先とは関係を見直すという方針を社内で共有しておくことが、担当者を守ることにつながります。やり取りを記録し、組織として対応する姿勢を保ちましょう。
取引先との関係を維持しながら、どの段階で上長へ共有し、相手企業への申し入れや取引見直しへ進むべきかは、取引先カスハラへの対応5ステップと申し入れ文例で詳しく解説しています。
カスハラ対策を形骸化させない運用と現場定着の工夫
マニュアルは作って終わりでは機能しません。現場で「使われる」状態にし、対策を定着させるための運用上の工夫を紹介します。
マニュアルを「使われる仕組み」に変える運用のポイント
立派なマニュアルを作っても、現場で参照されなければ意味がありません。使われる状態にするには、分量を詰め込みすぎず、典型場面ごとに「この一言を返す」レベルまで具体化することが有効です。朝礼やミーティングでの事例共有、新人研修への組み込みなど、日常業務に触れる接点を増やすことで初めて定着します。実際に起きた事案をもとに内容を更新し続けることが、生きたマニュアルの条件です。
編集部が推奨する運用例
マニュアルを全社版と現場版に分けると運用しやすくなります。全社版では方針・相談体制・法務連携を定め、現場版では「この言葉を言われたら上長へ引き継ぐ」「この状態になったら対応を終了する」といった具体的な判断基準を短くまとめると、現場で使われやすくなります。
現場担当者を一人にさせない組織的なバックアップ
カスハラ対策の核心は、担当者を一人にしないことです。指針でも、悪質な相手に一人で対応させない配慮が求められています。具体的には、複数名での対応、上長への即時エスカレーション、相談窓口や弁護士への相談ルートの確保などが挙げられます。また、クレームを受けたこと自体を従業員のマイナス評価にしない運用も重要です。個人の責任にすると、被害が抱え込まれ、組織として対応する機会を逃してしまいます。
名札の工夫など従業員の個人情報を守る配慮
従業員が名札の氏名からSNSで特定され、付きまといなどの被害に遭うケースが報告されています。これを防ぐため、名札の表記を氏名からイニシャルや一部のみに変更する企業・自治体が増えています。名札をなくすとスタッフ間の連携に支障が出るため、記載内容だけを見直すのが現実的です。氏名以外にも、SNSや口コミで個人が特定されないよう、対外的な表示や対応者名の扱いを組織として見直しておくと安心です。
対応履歴を記録し定期的にマニュアルを見直す
対応の記録は、再発防止と証拠保全の両面で欠かせません。発生日時・言動・対応経過を一定の様式で残し、組織で共有できるようにしておきます。蓄積した記録は、現場の判断基準を磨く材料にもなります。そのうえで、新たな事案や法改正・指針の更新に合わせて、定期的にマニュアルと運用を見直すサイクルを回しましょう。「記録する→振り返る→改訂する」の繰り返しが、対策を形骸化させない最大の防止策です。
カスハラ対策に関するよくある質問
実務担当者から特に多い疑問を、一次情報に基づいて簡潔に回答します。検索されやすい論点を中心にまとめました。
カスハラ対策の義務化はいつからですか
2026年10月1日からです。改正労働施策総合推進法のうち、カスハラ防止のための雇用管理上の措置義務がこの日から施行されます。なお法律の一部規定は2026年4月1日から先行して施行されますが、カスハラ対策そのものの義務化は10月1日です。
中小企業もカスハラ対策の対象ですか
対象です。この義務に中小企業の猶予期間はなく、労働者を一人でも雇用していれば、事業規模を問わずすべての事業主が対象になります。店舗やコールセンター、医療・介護現場も例外ではありません。
正当なクレームとカスハラはどう見分けますか
要求内容の合理性、伝え方、頻度、目的の4つの観点で見るのが基本です。商品交換や説明要求など内容に合理性があり、冷静に伝えられているものは正当なクレームです。一方、暴言や脅迫、過大・契約外の要求、執拗な反復、担当者個人への攻撃が見られる場合はカスハラに該当しうるため、組織対応へ切り替えます。
録音・録画で証拠を残してもよいですか
対応の記録として、録音・録画やメモを残すこと自体は有効な備えです。マニュアルにも記録方法を定めておくことが推奨されます。店舗やコールセンターで録音・録画を行う場合は、利用目的、保存期間、閲覧権限、削除ルールを社内で定めておくと安心です。個別事案で対外的に使う際の可否は、弁護士に確認するとより確実です。
警察や弁護士に相談すべき基準はありますか
暴行・脅迫・土下座の強要・退去拒否など犯罪に当たりうる行為は、警察への連絡を検討します。一方、不当要求の長期化、金銭請求、SNSでの中傷・氏名晒しなどは弁護士への相談が適しています。あらかじめ連絡手順や通報文例を用意し、本人だけでなく同僚も通報できるようにしておきましょう。
顧客にカスハラ対応方針を公表すべきですか
義務ではありませんが、公表は有効です。社会通念を超える行為にはお断りや対応中止の措置をとる旨を掲示・公表することで、抑止効果が期待でき、従業員を守る会社の姿勢を明確に示せます。正当な意見は真摯に承る旨も併記し、クレーム封じと受け取られない表現にすることがポイントです。
まとめ:カスハラ対策とは従業員と企業を守る実務の第一歩
カスハラ対策とは、社会通念上の範囲を超えた言動から従業員を守るために、企業が方針・相談体制・対応フロー・再発防止策を整える取り組みです。正当なクレームとの違いを見極めたうえで、具体例で自社のリスクを把握し、義務化される措置を5つのステップで着実に整えていくことが基本となります。業種ごとの態様に応じた工夫や、マニュアルを形骸化させない運用も欠かせません。2026年10月1日の施行は待ってくれません。施行を待つのではなく、今できる方針づくりと相談体制の整備から、一歩ずつ準備を始めましょう。
参考情報・編集部注記
編集部注記
本記事では、公的情報に基づく制度解説に加え、カスハラ対策実務ガイド編集部が企業の実務担当者向けに、現場で使いやすい判断軸・チェックリスト・対応手順として再整理しています。個別事案の法的判断については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
本記事は、以下の公的情報をもとに作成しています。
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