自治体のカスハラ研修とは?職員を守る設計と進め方5つの要点

「自治体でカスハラ研修を実施したい」と考えても、「何を盛り込み、誰を対象に、どう企画すればよいのか」と悩む人事・総務・研修担当者は少なくありません。本記事では、研修が必要とされる背景から、基本カリキュラム、企画の5ステップ、外部講師の選び方、他自治体の事例までを、担当者が明日から動ける形で整理します。

この記事でわかること

  • 自治体でカスハラ研修が必要とされる理由
  • 自治体向け研修に盛り込むべき内容
  • 対象者別の研修設計と進め方
  • 外部講師・研修会社を選ぶポイント
  • 他自治体のカスハラ対策事例

自治体のカスハラ研修とは、住民や利用者からの社会通念上許容される範囲を超えた言動(暴言・威圧・土下座の強要・不当な要求・長時間の拘束など)から職員を守るために、線引きの基準・初動対応・打ち切り基準・記録の仕組みを学び、組織として整えるための取り組みです。2026年10月1日からは、職員を雇用する自治体を含むすべての事業主に、カスハラ防止のための雇用管理上必要な措置が義務化されます。義務化で整えるべき全体像は、カスハラ対策義務化で企業・自治体が準備すべきことで詳しく解説しています。

カスハラ対策実務ガイド編集部の結論
編集部では、自治体がまず整えるべきは、立派な研修資料そのものではなく、研修を通じて「現場が迷わず動ける状態」をつくることだと考えます。①カスハラと正当なクレームの線引き、②一人で抱え込まない初動とエスカレーション、③対応を打ち切る基準、④記録を残す仕組み。職員を守るのは組織の責任であり、職員が暴言や理不尽な要求に一人で耐える必要はありません。

特に、住民を選べない公務では、公平・公正な対応と正当な権利への配慮を両立させる、自治体ならではの設計が欠かせません。なお本記事の編集部独自整理は、総務省・厚生労働省・各自治体の公的情報をもとに、自治体の現場で実際に使いやすい形へ再構成したものです。

この記事の編集者

カスハラ対策実務ガイド編集部

カスハラ対策実務ガイド編集部

カスハラ対策実務ガイドは、企業・自治体・現場担当者に向けて、カスタマーハラスメント対策に役立つ実務情報を発信するWebメディアです。編集部では、カスハラの基礎知識、組織体制づくり、職員・従業員を守る対応手順、研修やマニュアル整備のポイントなどを、現場で活用しやすい形でわかりやすくお届けしています。

自治体のカスハラ研修が今こそ必要とされる理由

自治体のカスハラ研修が今こそ必要とされる理由

自治体でカスハラ研修が急がれる背景には、法律・実態・条例という三つの動きがあります。ここでは、研修の必要性を裏づける最新の状況を整理します。なお、カスハラ対策そのものの定義や基本的な対応手順を先に確認したい方は、カスハラ対策とは?義務化の内容・具体例・5つの対応手順を解説もあわせてご覧ください。

改正労働施策総合推進法でカスハラ対策が義務化される

改正労働施策総合推進法(令和7年6月11日公布)により、労働者を雇用する事業主には、カスハラ防止のための雇用管理上の措置が義務づけられます。地方公共団体も、職員を雇用する組織として対応が求められます。施行日は2026年10月1日で、組織の規模による猶予は設けられていません。措置の具体的な内容は、2026年2月26日に告示された指針(厚生労働省告示第51号)で示され、方針の明確化、相談体制の整備、被害を受けた職員への配慮、そして研修などが柱となります。

違反に対して直接の刑事罰はありませんが、行政指導等の対象となる可能性があり、職員保護の体制が不十分だと住民からの信頼低下にもつながります。組織の文化やマニュアルを現場に浸透させるには時間がかかるため、研修を含む体制づくりは施行前から計画的に進める必要があります。義務化で求められる措置の全体像は、カスハラ対策義務化で企業・自治体が準備すべきことで確認できます。

職員の多くが被害を受けるカスハラの深刻な実態

総務省が初めて実施した「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査結果」(2025年4月公表)では、過去3年間にカスハラを受けた、または受けたと感じた職員は35.0%にのぼりました。これは民間を対象とした厚生労働省調査の10.8%を大きく上回る水準です。年代別では30代(44.6%)や20代以下(40.0%)の若い世代で割合が高く、被害が特定の部門に集中している点も特徴です。

過去3年間にカスハラを受けた割合が高い部門

  • 広報広聴>:66.3%と最も高い
  • 年金保険関係>:61.5%
  • 福祉事務所>:61.5%
  • 戸籍などの窓口>:59.9%
  • 税務>:55.5%

きっかけは「行政サービスの利用者・取引先の不満のはけ口・嫌がらせ」が72.5%を占め、「職員の対応が一因」とされたのは17.5%にとどまります。多くの被害が、職員の落ち度ではなく理不尽な言動から生じている実態がうかがえます。

カスハラ防止条例の制定が全国の自治体に広がる

国の法律に先行して、自治体では独自の条例整備が進んでいます。2025年4月1日には、都道府県として全国で初めて東京都・北海道・群馬県の三条例が同時に施行され、市区町村でも三重県桑名市が独自条例を施行しました。いずれも罰則を持たない理念型が中心ですが、桑名市の条例は、警告に従わない悪質な行為者の氏名を公表できる制裁規定を全国で初めて盛り込んだ点で注目されています。

その後も、愛知県では2025年10月に静岡県では2026年4月にカスタマーハラスメント防止条例が施行されるなど、制定の動きは各地に広がっています。自治体は、自らも事業主として職員を守る立場であると同時に、地域全体にカスハラ防止を呼びかける旗振り役でもあります。義務化への対応にとどまらず、職員のメンタルヘルスと住民サービスの質を守るためにも、研修の整備が前向きな意味を持ちます。

自治体ごとのカスハラ条例は、対象範囲・施行日・罰則や公表制度の有無が異なります。主要自治体の制定状況を一覧で確認したい場合は、カスハラ条例とは?自治体一覧・罰則・義務化との違いをご覧ください。

自治体のカスハラ研修が民間と異なる公務特有の難しさ

自治体のカスハラ研修が民間と異なる公務特有の難しさ

自治体の研修は、民間向けの汎用プログラムをそのまま使えない事情があります。ここでは公務ならではの二つの難しさを整理します。

全ての住民に公平・公正な対応が求められる

民間企業では、契約関係や利用規約に基づいて取引停止や出入り禁止を検討できる場合があります。一方で自治体は、住民票の発行や福祉の給付など、法律に基づく行政サービスを、全ての住民に公平・公正に提供する責務を負っています。総務省も、民間では顧客を選別した対応が可能である一方、公務では全ての行政サービスの利用者に対して公平・公正な提供が必要だと指摘しています。

さらに、地方公務員法は職員を「全体の奉仕者」と位置づけています。こうした「相手を選びにくい」という構造が、要求のエスカレートを招きやすい土壌となり、職員が強く出にくい場面を生みます。だからこそ、断りにくい状況でどう線を引くかを、公務の前提に合わせて学ぶ研修が欠かせません。

利用者の正当な権利への配慮が欠かせない

住民からの要求の背景には、生活や生命・財産に関わる切実な事情があることも少なくありません。総務省の通知や東京都の指針でも、カスハラ対策を進める一方で、利用者の正当な権利を不当に侵害しないよう、慎重な対応を求めています。強い口調や繰り返しの訴えが、ただちにカスハラとは言い切れない場合もあるのです。

特に、障害のある人など合理的配慮が必要な利用者への対応では、見極めがいっそう難しくなります。研修では、毅然とした対応と、正当な権利への配慮を両立させる判断軸を、具体的な場面を通じて身につけることが重要です。民間向けの汎用研修ではなく、自治体に特化した内容が必要とされる理由が、ここにあります。

自治体のカスハラ研修に盛り込むべき基本カリキュラム

自治体のカスハラ研修に盛り込むべき基本カリキュラム

研修の効果は、何を扱うかで大きく変わります。ここでは自治体の研修に欠かせない四つの柱と、すぐ使えるモデルプログラムを紹介します。

カスハラと正当なクレームを線引きする判断基準

研修の土台となるのが、カスハラと正当なクレームを見分ける基準です。改正法はカスハラを、社会通念上許容される範囲を超えた顧客等の言動により就業環境が害されること、と定義しています。ここで大切なのは、要求の内容自体に正当性があっても、それを実現する手段や態様が行き過ぎていればカスハラに当たり得るという点です。

たとえば、商品やサービスへの改善要望は正当なクレームですが、長時間の叱責、土下座の強要、同じ内容を繰り返す執拗な連絡などは線を越えています。職員ごとに判断がぶれてしまうと、ある人は耐え、ある人は突き放すといった不公平が生じます。組織として統一した判断基準を共有することが、対策の第一歩です。両者の境界については「カスハラ対策とは?義務化の内容・具体例・5つの対応手順を解説」でも、判断基準や具体例を詳しく整理しています。

ロールプレイで身につける毅然とした対応スキル

知識として理解していても、いざ強い口調で迫られると言葉が出ないものです。そこで有効なのが、ロールプレイや寸劇形式で実際の場面を再現する実践型の演習です。「そのご要望にはお応えできません」と冷静に伝える、相手の興奮を鎮める、要件を確認して記録に残す、という一連の流れを声に出して練習します。

窓口・電話・訪問など、場面ごとにパターンを変えて演じると、現場での再現性が高まります。頭で分かっていることと、実際に口に出せることの間には大きな差があるため、繰り返し体を慣らしておくことが、いざというときの落ち着いた対応につながります。

一人で抱えないエスカレーションと記録の徹底

カスハラ対応で最も避けたいのは、職員が一人で抱え込むことです。総務省の調査報告も、1人で対応させず組織的に対応することを、各部門に共通する対応策として挙げています。研修では、対応が難しいと感じた時点で上司や専門部署に引き継ぐエスカレーションの流れを、誰が見ても分かる形で共有します。あわせて、対応の経緯を記録に残す習慣も徹底します。

記録が果たす三つの役割

  • 抑止>:録音の告知が過度な要求を思いとどまらせる
  • 証拠>:対応の正当性を後から客観的に示せる
  • 改善>:再発防止の検討材料として活用できる

「言った・言わない」のトラブルを防ぐ意味でも、記録は職員を守る盾になります。

被害職員を支えるメンタルヘルスケア

カスハラは、対応した職員の心に深い傷を残します。総務省の調査でも、被害を受けた職員の多くが不安やストレスを抱えている実態がうかがえます。研修には、被害を受けた職員のストレスを和らげるセルフケアの方法に加えて、上司や同僚が日頃から声をかけ支えるラインケアの視点を必ず盛り込みます。

被害を「個人の対応力の問題」にせず、組織で受け止める姿勢を共有することが、職員の離職や休職を防ぐことにつながります。なお、研修の組み立てにあたっては、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が、判断基準や対応手順を整理するうえで参考になります。

90分でできる研修プログラムのモデル

ここまでの四つの柱を、実際の集合研修に落とし込んだ90分のモデルプログラムを示します。そのまま企画書のたたき台として活用できます。

時間内容
0〜15分カスハラの定義と法改正の概要
15〜30分自治体職場で起こりやすい事例の共有
30〜55分正当なクレームとの線引き演習
55〜75分窓口・電話対応のロールプレイ
75〜90分エスカレーション・記録・相談体制の確認

対象者や時間に応じて、演習の比重を増やしたり、管理職向けに部下のケアの項目を加えたりと、柔軟に組み替えるとよいでしょう。

自治体のカスハラ研修を企画から実施まで進める5つのステップ

自治体のカスハラ研修を企画から実施まで進める5つのステップ

研修は思いつきで実施しても成果につながりません。ここでは担当者が実際に動ける五つのステップを順に解説します。

ステップ1 アンケートで被害の実態を把握する

最初に取り組むべきは、職員アンケートによる被害実態の把握です。総務省の調査でも、部門によって被害の頻度や内容が大きく異なることが分かっています。自組織でも、窓口・電話・訪問のどの場面で、どんな言動が多いのかを匿名で集めることで、研修で重点的に扱うべきテーマが具体的に見えてきます。回答者が特定されない形にすると、実態がより正直に集まります。アンケート結果は、このあとの企画書や予算要求の説得材料としても役立ちます。

ステップ2 対象者と形式を決めて内容を設計する

次に、誰に何を学んでもらうかを設計します。すべての職員に同じ内容を一律で届けるより、立場ごとに重点を変えたほうが効果は高まります。形式も、全員で学ぶ集合研修と、各自のペースで受講できるeラーニングを組み合わせると、現場の負担を抑えられます。対象者ごとの重点は、次のとおりです。

対象者研修の重点適した形式
一般職基本対応と線引き集合・eラーニング
管理職判断と部下のケア集合研修
相談窓口担当記録と専門機関連携集合・実地演習

階層に応じて重点を変えることで、限られた研修時間を有効に使えます。

ステップ3 予算を確保し研修サービスを比較する

研修には講師料や教材費などの費用がかかります。集合研修は1回あたりの単価が高くなりがちですが、eラーニングは1人あたり数千円規模から導入できるサービスもあり、稟議を通しやすい選択肢です。複数のサービスを比較する際は、公務での登壇・導入実績、内容のカスタマイズが可能か、受講後のフォロー体制があるか、といった点を確認します。研修会社やeラーニングを比較する際は、費用相場や選び方を整理した「カスハラ研修おすすめ比較」も参考になります。

稟議では、法改正への対応、職員の安全配慮、住民対応品質の維持、休職・離職リスクの低減といった観点で必要性を整理すると説得力が高まります。特に窓口部門や福祉部門など、被害が多い部署のアンケート結果を添えると、優先順位を説明しやすくなります。

ステップ4 外部講師に依頼し自組織の事例を盛り込む

専門性の高い内容は、弁護士やカスハラ専門の研修会社など外部講師に依頼すると効果的です。外部の知見を入れることで、最新の法令や他組織の対応事例を踏まえた、説得力のある研修になります。そのうえで欠かせないのが、自分の自治体で実際に起こり得る場面を演習に盛り込むことです。

総務省の事例集も、職種や現場の違いに応じたマニュアル整備の重要性を指摘しています。汎用的な事例よりも、職員が「これは自分の現場のことだ」と受け止められる題材のほうが、学びは深く定着します。外部講師・研修会社を選ぶ具体的なポイントは、次の章で詳しく解説します。

ステップ5 研修後に効果を振り返り次に活かす

研修は実施して終わりではありません。受講後にアンケートや理解度の確認を行い、何が身につき、何が課題として残ったかを把握します。次のような設問を用意すると、効果と課題を具体的に把握できます。

  • カスハラと正当なクレームの違いを理解できたか
  • 対応を一人で抱え込まない流れを理解できたか
  • 対応記録を残すべき場面を理解できたか
  • 上司や相談窓口に相談する基準を理解できたか
  • 自部署で追加すべきルールや課題は何か

把握した課題は、マニュアルの見直しや次回の研修設計に反映させ、単発で終わらせない循環をつくることが、組織全体の対応力を底上げします。

自治体のカスハラ研修で外部講師・研修会社を選ぶポイント

自治体のカスハラ研修で外部講師・研修会社を選ぶポイント

研修の質は、講師や研修会社の選定で大きく変わります。ここでは自治体が外部講師を選ぶ際に確認したい四つの観点を解説します。

自治体・公務職場での研修実績があるか

まず確認したいのが、自治体や公務職場での登壇・研修実績です。民間と公務では、相手を選びにくいことや、正当な権利への配慮が求められることなど、前提が大きく異なります。公務の事情を理解している講師であれば、現場の職員が「自分たちの状況に合っている」と感じられる内容を届けられます。問い合わせの段階で、過去の自治体向け研修の実績を具体的に尋ねるとよいでしょう。

窓口・電話・福祉・税務など自組織の事例に対応できるか

カスハラの起こり方は、部署によって大きく異なります。窓口での長時間の居座り、電話での執拗な連絡、福祉や税務の現場で生じる感情的なやり取りなど、自組織で実際に起きている事例に合わせた内容にカスタマイズできるかが重要です。事前にアンケート結果や想定場面を共有し、それを演習に反映してもらえるかを確認します。福祉・介護に近い現場での利用者・家族対応については、介護施設のカスハラ対応も参考になります。

ロールプレイやケース演習を含められるか

知識の解説だけで終わる研修は、現場での再現性が高まりにくいものです。実際に声に出して対応を練習するロールプレイや、判断に迷う場面を題材にしたケース演習を組み込めるかは、効果を左右する大きなポイントです。座学と演習のバランスをどう設計できるか、講師側の提案を聞いてみましょう。

研修後のマニュアル整備や相談体制づくりまで支援できるか

研修を単発で終わらせず、組織に定着させるには、研修後の仕組みづくりまで見据えることが大切です。研修で示した判断基準や対応の流れを、そのまま庁内のマニュアルや相談体制に落とし込めるよう支援してくれる講師・会社であれば、学びが行動に変わりやすくなります。

外部講師に確認したい質問リスト

  • 自治体向けの研修実績はあるか
  • 窓口・電話・福祉・税務など部署別の事例に対応できるか
  • ロールプレイやケース演習を入れられるか
  • 研修資料を庁内マニュアルに転用できるか
  • 管理職向けと一般職向けで内容を分けられるか

これらをチェックリストとして問い合わせ時に確認すると、自組織に合った研修を選びやすくなります。

自治体のカスハラ研修を定着させる工夫

研修を「やりっぱなし」で終わらせないためには、組織の仕組みと結びつける工夫が要ります。ここでは現場に定着させる二つの方法を紹介します。

研修内容を対応マニュアルや相談体制と連動させる

研修で学んだことを現場に根づかせるには、組織の仕組みと連動させることが欠かせません。研修で示した線引きの基準やエスカレーションの流れを、そのまま対応マニュアルに落とし込み、いつでも参照できる状態にします。相談窓口や専門部署、弁護士などへの連絡先も明記し、職員が迷ったときにすぐ動ける道筋を用意しておきます。庁内で対応基準を統一するためのマニュアル整備については、「カスハラ対応マニュアルの作り方」で、対応フローや記録様式の考え方を詳しく解説しています。

研修・マニュアル・相談体制が一つながりになって初めて、学びが日々の行動に変わります。あわせて、カスハラを許容しないという庁内方針や職員向け方針を明文化しておくことも有効です。庁内方針や職員向け方針の構成を考える際は、企業向けの例文ではありますが「カスハラ社内方針の例文」も参考になります。

録音・録画や対応打ち切り基準で現場を支える

個人の頑張りに頼らず、組織として現場を支える仕組みも重要です。電話の通話録音や窓口の録画は、「録音しています」と告知するだけで過度な要求への抑止力になり、万一のときには客観的な記録として残ります。実際に、通話録音を導入する自治体は増えています。

また、世間話などで長時間拘束された場合に、30分から1時間を目途に対応を打ち切る基準をあらかじめ決めておくと、職員は安心して線を引けます。福岡県警でも、長時間の要求や暴言には対応を打ち切る運用が取られています。こうした基準を研修で周知しておくことで、現場の職員が一人で抱え込まずに済みます。対応打ち切り基準や掲示文を現場向けに落とし込む考え方は、業種は異なりますが「飲食店のカスハラ対策完全ガイド」でも具体例を紹介しています。

自治体のカスハラ対策事例から学べること

先行する自治体の取り組みは、自組織の対策を考えるうえで参考になります。ここでは特徴の異なる三つの市の事例を紹介します。

札幌市の広聴部門におけるマニュアルと通話録音

札幌市は、広聴部門を中心にカスハラ対策を進めてきました。通話の録音やマニュアルにもとづく対応を導入しているほか、市の協議会で啓発ポスターを作成し、本庁舎などで掲示する取り組みも行っています。住民の声を受け止める部門が率先して体制を整えることで、市全体に対策の姿勢を示している点が参考になります。

京都市の要望記録と組織的対応

京都市は、平成19年に「市職員の公正な職務の執行の確保に関する条例」を制定しています。職務を妨げる不正な要望や言動には、市から警告や告発を行う方針を示すとともに、市民や事業者からの要望を原則として書面に記録し、件数や概要を毎年公表しています。要望を記録し組織的に対応する仕組みは、職員を一人にしない体制づくりの好例です。

桑名市の防止条例と氏名公表規定

三重県桑名市は、令和7年4月1日から「桑名市カスタマーハラスメント防止条例」を施行しています。市町村として全国で初めて防止条例を施行し、警告に従わない悪質な行為者の氏名を公表できる制裁規定を盛り込んだ点が大きな特徴です。条例という形で対応の根拠を明確にすることで、現場が毅然と対応しやすくなります。自組織の規模や被害状況に近い事例から学ぶと、導入の道筋が描きやすくなります。

自治体のカスハラ研修に関するよくある質問

現場でよく寄せられる疑問に、要点を絞って回答します。個別の法的判断が必要な場合は、弁護士など専門家への相談をおすすめします。

自治体もカスハラ対策義務化の対象になりますか?

地方公共団体も、職員を雇用する事業主としてカスハラ防止措置の対象になります。研修だけでなく、方針の明確化、相談体制の整備、被害職員への配慮、再発防止などとあわせて体制を整えることが重要です。

自治体のカスハラ研修は全職員向けに実施すべきですか?

基本知識は全職員向けに共有し、窓口・電話・福祉・税務など住民対応が多い部署や管理職には、より実践的な研修を追加する設計が効果的です。

eラーニングだけでも十分ですか?

基礎知識の共有にはeラーニングも有効ですが、実際の窓口対応や電話対応では言い回しや引き継ぎの判断が重要になります。そのため、管理職や住民対応の多い部署にはロールプレイ型の集合研修を組み合わせるとよいでしょう。

住民対応を途中で打ち切ってもよいですか?

正当な苦情や申請を不当に拒むことはできませんが、暴言、脅迫、長時間拘束、業務妨害に当たる言動が続く場合は、組織的な判断のもとで対応を終了する基準を設けることが重要です。

研修費用はどのくらい見ておくべきですか?

eラーニングは1人あたり数千円規模から導入できる場合があり、集合研修や外部講師を招く場合は内容・時間・カスタマイズの範囲によって費用が変わります。複数社から見積もりを取り、自治体向けの実績や演習内容も含めて比較しましょう。

まとめ:自治体のカスハラ研修で職員と住民を守る環境をつくろう

自治体のカスハラ研修は、2026年10月の義務化という制度上の背景だけでなく、3人に1人の職員が被害を受けているという深刻な実態に応えるものです。住民を選びにくい公務では、公平・公正な対応と正当な権利への配慮を両立させる、自治体ならではの設計が求められます。まずは「職員アンケートで被害の実態を把握する」「線引き・初動・記録を柱に研修を組む」「マニュアルや相談体制と連動させて定着させる」——この3点から着手しましょう。職員を守るのは組織の責任であり、職員が暴言や理不尽な要求に一人で耐える必要はありません。その姿勢を仕組みにすることが、働きやすい職場と質の高い住民サービスへの第一歩になります。

参考情報・編集部注記

編集部注記
本記事では、公的情報に基づく解説に加え、カスハラ対策実務ガイド編集部が自治体の現場向けに、カリキュラム・企画手順・チェックリスト・モデルプログラムとして再整理しています。数値・固有名詞・施行時期は執筆時点の公的発表に基づいており、個別事案の法的判断については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

本記事は、以下の公的資料・自治体資料をもとに作成しています。