自治体の窓口や電話、さらにはSNSまで、住民対応の最前線で職員個人が攻撃されるケースが目立つようになりました。しかも公務員は、民間企業のように「取引をお断りする」「出入りを禁止する」といった対応を簡単には選べません。本記事では、公務員のカスハラ事例5パターンから、正当な住民の声との線引き、調査で分かる被害実態、自治体の先進事例、2026年10月の義務化対応までを、自治体・官公庁が明日から使える形で整理します。
カスハラの基本的な定義や対策の全体像は、カスハラ対策の基本ガイドでも整理しています。本記事は住民を悪者にするためのものではなく、正当な要望を守りながら、公務員のカスハラ事例から組織として職員を守るためのガイドとしてお読みください。
この記事でわかること
- 公務員のカスハラ事例5パターン(窓口・電話・SNS・悪質要求・納税者意識)
- 正当な住民の声と、毅然と対応すべきカスハラの線引き
- 調査で分かる被害の実態(総務省35.0%/自治労連47.6%)
- 民間より対応が難しい理由と、自治体の先進事例
- 2026年10月の義務化(人事院規則10-17)と体制整備の進め方
公務員のカスハラ対策とは、住民や行政サービス利用者からの社会通念上許容される範囲を超えた言動(暴言・威圧・土下座の強要・不当な要求・長時間の拘束・SNSでの晒しなど)から職員を守るために、組織として方針・初動対応・打ち切り基準・記録の仕組みを整える取り組みです。2026年10月1日からは、地方公共団体を含むすべての事業主にカスハラ防止の措置が義務化され、国家公務員には人事院規則10-17が施行されます。義務化で組織が整えるべき全体像は、カスハラ対策義務化で必要な5つの措置で詳しく解説しています。
カスハラ対策実務ガイド編集部の結論
編集部では、自治体・官公庁が最初に整えるべきものは、分厚いマニュアルではなく次の4点だと考えます。①組織として守る線引き、②現場が一人で抱え込まない初動フロー、③対応を打ち切る基準、④記録を残す仕組み。職員を守るのは組織(自治体・官公庁)の責任であり、職員個人が暴言や暴力に耐える必要はありません。特に、窓口担当が住民対応を一手に担う小規模な自治体や部署では、「誰が判断するか」「どこで対応を切り替えるか」を事前に決めておくことが、職員保護と行政サービスの質の両立につながります。なお本記事の編集部独自整理は、総務省・人事院・厚生労働省の調査やガイドライン等の公的情報をもとに、自治体・官公庁の現場で実際に使いやすい形へ再構成したものです。
この記事の編集者
カスハラ対策実務ガイド編集部
カスハラ対策実務ガイドは、企業・店舗・自治体・現場担当者に向けて、カスタマーハラスメント対策に役立つ実務情報を発信するWebメディアです。編集部では、カスハラの基礎知識、組織体制づくり、職員・従業員を守る対応手順、マニュアル整備のポイントなどを、現場で活用しやすい形でわかりやすくお届けしています。
公務員のカスハラ事例を場面別に紹介【5つの典型パターン】
公務員が直面するカスハラは、発生する「場面」ごとに特徴が異なります。ここでは窓口・電話・SNS・悪質要求・納税者意識の5つの典型パターンを、具体的な言動と初動対応まで掘り下げて解説します。民間企業も含めた幅広い類型を確認したい場合は、カスタマーハラスメントの事例15選も参考になります。
まず確認したい公務員のカスハラ事例一覧表
詳しい解説に入る前に、5つのパターンの全体像を一覧表で整理します。自分の部署に当てはまる場面から読み進める目安にしてください。
| 場面 | 典型的な行為 | 起こりやすい部署 | 主なリスク | 初動対応 |
|---|---|---|---|---|
| 窓口 | 暴言・長時間居座り | 戸籍・税務・福祉など | 業務妨害・職員の疲弊 | 複数対応・記録・上司報告 |
| 電話 | 長時間通話・反復クレーム | 広報広聴・年金・福祉など | 拘束時間増加・精神的負担 | 通話記録・折り返し基準 |
| SNS・撮影 | 無断撮影・名指し投稿 | 窓口全般 | 個人情報・二次被害 | 撮影制止・証拠保存 |
| 悪質要求 | 土下座・金品要求 | 苦情対応全般 | 強要・恐喝等の可能性 | 即時エスカレーション |
| 納税者意識の乱用 | 「税金を払っている」と威圧 | 行政サービス全般 | 不当要求の常態化 | 要望と態様を切り分ける |
それでは、この5つのパターンを一つずつ具体的に見ていきましょう。
窓口で怒鳴り続け長時間居座るケース
最も件数が多いのが、窓口での対面トラブルです。戸籍・税務・生活保護・国民健康保険・年金・建築や道路関連など、住民との利害が衝突しやすい部署で起こりやすく、その場から離れられない構造が被害を長引かせます。
具体的には、大声で怒鳴る、机を叩く、職員の言葉尻をとらえて執拗に責める、納得するまで帰らないと居座る、といった言動が挙げられます。要求の内容そのものが妥当かどうかにかかわらず、こうした威圧的な手段・態様が社会通念上許容される範囲を超えていれば、カスハラに該当し得ます。
被害は担当者一人にとどまりません。その場に居合わせた他の来庁者への影響、通常業務の停止、そして繰り返し対応させられる職員の心理的負担が積み重なります。担当者が我慢して収めようとするほど、対応が属人化して悪化しやすいのが特徴です。
初動対応の考え方:単独対応を避け、上司同席と対応記録に切り替えることが基本です。対応時間を記録し、退去を求める判断基準を組織であらかじめ決めておきましょう。
電話で執拗にクレームを繰り返すケース
電話は相手の姿が見えないぶん、加害行為がエスカレートしやすい場面です。広報広聴・年金・福祉などの部署で被害報告が目立ちます。
同じ内容を何度も蒸し返す、長時間にわたって回線を占有する、特定の担当者を名指しで呼び出す、問い合わせフォームやメールを大量に連投する、といった行為が典型です。実際、総務省調査でもカスハラの内容として「同じ質問を繰り返すなど継続的・執拗な言動」が72.3%と最多で、電話を通じた反復被害の多さがうかがえます(出典:総務省「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査」2024年11〜12月実施、2025年4月公表)。
ここで押さえておきたいのは、「電話を切る」という判断を現場任せにしないことです。組織のルールとして切電の基準を決めておかなければ、担当者は延々と拘束され続けてしまいます。以下のような対応をあらかじめ整えておくと、負担を分散できます。
- 通話メモ:日時・要点・要求内容を残す
- 録音ルール:事前アナウンスのうえで録音する
- 折り返し対応:即答せず組織で回答する運用にする
- 窓口一本化:担当を分散させず窓口をまとめる
初動対応の考え方:通話記録を残し、対応窓口を一本化することが要です。切電や折り返しの基準を組織ルールとして共有しておきましょう。
SNS拡散や無断撮影で職員個人を狙うケース
近年とくに深刻化しているのが、職員個人を標的にするデジタル領域のカスハラです。窓口での無断撮影、氏名や顔・勤務先をSNSに投稿する行為、個人名を検索してプライベートに接触する行為、切り抜き動画による一方的な印象操作などが含まれます。
名札にフルネームを表記していると、そこを手がかりにSNSで実名を拡散されたり、私生活を詮索されたりするリスクが高まります。こうした被害を受けて、名札の表記をフルネームから名字のみに切り替える自治体が全国で相次いでいます(後述の先進事例で詳しく取り上げます)。
デジタルの被害は拡散すると回収が難しいため、初動での証拠確保が重要になります。撮影に気づいた時点での制止、投稿画面のスクリーンショット保存、削除依頼、そして法務・広報・警察との連携判断を、担当者一人で抱えずに組織で進める必要があります。
初動対応の考え方:証拠保存、削除依頼、法務・広報連携を検討することが第一歩です。撮影は毅然と制止し、拡散前に組織へ共有しましょう。
土下座強要や金品を要求する悪質なケース
ここまでのパターンから一線を越え、犯罪に近づくのが悪質要求のケースです。土下座の強要、謝罪文の作成要求、過剰な補償や金品の要求、職員個人への謝罪の強要などが該当します。
こうした行為は、その態様によっては強要罪・恐喝・威力業務妨害などに該当し得ます。断定は避けるべきですが、少なくとも「通常の住民対応」の範囲を明らかに超えており、専門部署や警察への相談が必要になる場合があります。法的手段を検討する前の準備や判断基準は、カスハラで顧客を訴える場合の進め方でも整理しています。現場の職員が良かれと思ってその場で応じてしまうと、要求がさらに拡大する危険があります。
この段階に至ったら、対応の枠組みを「住民対応」から「不当要求対応」へ切り替えることが肝心です。担当者が抱え込まず、管理職・法務・警察相談へと素早くエスカレーションする基準を、事前に定めておきましょう。
初動対応の考え方:その場で応じず、管理職・警察相談に切り替えることが原則です。要求に即答せず、組織判断に委ねる線引きを明確にしましょう。
「税金を払っている」と理不尽な要求を通そうとするケース
公務員特有の圧力として見逃せないのが、納税者意識を盾にした言動です。「税金で給料をもらっているのだから言うことを聞け」「住民の要求は絶対だ」といった主張で、理不尽な要求を通そうとするケースがこれにあたります。
ここで大切なのは、正当な行政サービスの要求と、職員への人格攻撃や過剰要求はまったく別だと切り分けることです。行政サービスへの要望自体は住民の正当な権利であることも多く、それをただちにカスハラ扱いしてはいけません。正当な申出とカスハラの線引きで迷う場合は、カスハラとクレームの違いを確認しておくと判断しやすくなります。問題になるのは、要求の「内容」ではなく、それを実現しようとする「手段・態様」が社会通念上許容される範囲を超えているかどうかです。
要求の妥当性と、要求を通そうとする態度・言動を分けて捉える。この視点を持つだけで、現場の判断はぶれにくくなります。
初動対応の考え方:要望内容と威圧的態様を分けて整理することが軸になります。内容には誠実に、威圧には毅然と、と切り分けて対応しましょう。
公務員のカスハラ事例が示す被害の深刻な実態

ここまで紹介した事例は、決して一部の特殊なトラブルではありません。複数の公的な調査が、公務職場でカスハラが広く発生している実態を裏づけています。
調査では35.0%〜47.6%の職員がカスハラ経験を回答している
まず、地方公務員を対象とした国レベルの調査があります。総務省の「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査」(2024年11〜12月実施、388団体の職員2万人を対象に1万1,507人が回答)では、過去3年間にカスハラを「受けたことがある」と答えた職員が35.0%にのぼりました。
一方、労働組合による調査ではさらに高い数値が出ています。自治労連の「働くみんなの要求・職場アンケート(2024-25年)」(2024年9月〜2025年3月実施、回答71,191件)では、職場で1度でもカスハラを受けた経験がある人が47.6%と、半数に迫りました。同僚がカスハラを受けているのを見聞きした人も56.2%にのぼっています。
35.0%と47.6%という数値の差は、調査主体・調査対象・調査期間・設問設計が異なることによるものです。同じ「公務員のカスハラ経験率」でも前提が違うため、両者を単純に混同しないよう注意が必要です。より細かく見ると、次のような傾向も報告されています。
- 職種別(自治労連):公衆衛生70.1%、一般事務65.5%が高い
- 内容別(自治労連):侮辱・大声で威圧など84.4%が最多
- 長時間拘束(自治労連):明らかな嫌がらせによる拘束48.8%
調査主体も数値も異なりますが、いずれの調査でも共通しているのは、公務職場においてカスハラが決して珍しい被害ではないという事実です。
民間を上回る被害割合が公務職場の深刻さを示す
公務員のカスハラ経験率は、民間労働者を上回ります。厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」で示された民間労働者のカスハラ経験率10.8%と比べると、総務省調査の35.0%は約3倍の水準です。ただし、総務省調査は地方公共団体職員、厚生労働省調査は公務員を除く民間労働者を対象としており、調査対象や設問が異なるため、単純な優劣比較には注意が必要です。それでも、地方公共団体職員の35.0%が過去3年間にカスハラを受けたと回答している事実は、公務職場における被害の広がりを示す重要なデータといえます。
重要なのは「民間より多い」という結果そのものより、なぜ公務職場で多くなりやすいのかという理由です。行政サービスは住民が自由に選べるものではなく、職員側も対応を拒否しづらい構造があります。無料で誰でも利用でき、生活や権利に直結する相談が多く、対応履歴が長期化しやすいことも、被害が積み重なる背景になっています。
被害の内容も、暴言・説教・長時間拘束・反復クレーム・無断撮影・金品要求など多岐にわたります。その影響は精神面にも及び、自治労連調査ではカスハラ被害を受けた人の43.7%が健康状態への影響を感じたと回答しました。数字の裏側で職員の心身が確実にすり減っている点を、組織として直視する必要があります。
公務員のカスハラ対策が民間より難しい理由

公務員のカスハラが根深いのは、被害が多いだけでなく、対応そのものに構造的な難しさがあるためです。先ほどの事例を踏まえながら、その理由を3つの角度から整理します。
すべての住民に公平な対応が求められ断りにくい
民間企業であれば、悪質な相手に対して「取引停止」や「出入り禁止」を選ぶことができます。しかし行政は、すべての住民に公平・公正に向き合う立場にあり、こうした選択を簡単には取れません。窓口で長時間居座られても、一律に「もう対応しません」とは言いにくいのです。
ただし、公平な対応とは「職員が何をされても耐える」という意味ではありません。対応を拒否できなくても、対応の方法を変える余地は十分にあります。
- 複数対応:一人で抱えず複数職員で応対する
- 時間制限:対応時間の目安を設けて区切る
- 書面化:口頭のやり取りを記録・書面に切り替える
「拒否できない」を「方法を変える」に読み替えることが、公務職場でのカスハラ対応の出発点になります。
他の窓口で代替できず被害が繰り返される
自治体の窓口は、住民にとって代わりの利かない存在です。民間サービスなら別の店に移れますが、住民票も税も福祉も、その自治体でしか手続きできません。そのため、同じ住民が同じ部署・同じ担当者に繰り返し接触する構図が生まれます。
この状況で属人的な対応を続けると、特定の担当者だけが疲弊していきます。被害を止めるには、対応履歴を組織で共有し、担当者を固定しない運用に切り替え、個人ではなく組織として対応する姿勢を明確にすることが欠かせません。詳しい記録・引き継ぎの具体策は、後述の「実態把握とマニュアル整備」の項で取り上げます。
住民の正当な権利への配慮が対応を慎重にさせる
もう一つの難しさは、住民の行動の多くが正当な権利行使でもあるという点です。苦情、不服申立て、情報公開請求、相談、要望——これらはいずれも制度上認められた住民の権利であり、頭ごなしにカスハラ扱いはできません。
判断の分かれ目は「要求の内容」ではなく、それを実現しようとする「手段・態様」が社会通念上許容される範囲を超えているかどうかにあります。正当な要望をカスハラと決めつければ、行政への信頼を損ないかねません。だからこそ、判断に迷うケースほど担当者個人で結論を出さず、組織として判断することが求められます。
カスハラに毅然と対応する自治体の先進事例

難しさがある一方で、職員を守るための仕組みを整えた自治体も増えています。ここでは条例・名札・運用ルールの3つの切り口で、自組織に転用できるポイントとともに紹介します。
条例を制定し警告や告発の体制を整えた事例
先行して制度を整えたのが京都市です。「京都市職員の公正な職務の執行の確保に関する条例」に基づき、原則としてすべての要望等を書面に記録し、その概要を毎年公表しています。あわせて、不正な要望や不正な言動を伴う要望には、要望者への警告や捜査機関への告発といった措置を組織として講じる仕組みを整えています。
市区町村レベルでも独自条例の動きが広がっています。三重県桑名市は「桑名市カスタマーハラスメント防止条例」を施行し、奈良市は「奈良市法令遵守の推進に関する条例」を土台に、悪質な行為者の氏名を市ホームページで公開する制度や、警察OBの職員採用による関係機関との連携を進めています。
条例の内容は自治体ごとに異なるため、過度な一般化は禁物です。学ぶべきは「条例があること」自体よりも、警告・公表・告発といった手続きが現場で実際に使える運用ルールに落とし込まれているかという点です。自組織で検討する際も、この視点で先進事例を読み解きましょう。自治体ごとの条例や制度の違いを横断的に確認したい場合は、カスハラ条例の自治体一覧と義務化との違いもあわせて確認してください。
名札の名字表記で職員の個人情報を守る事例
SNSでの実名拡散リスクに対応するため、名札の表記を見直す自治体が全国で相次いでいます。フルネーム表記は個人特定の手がかりになりやすく、私生活の詮索や「晒し」被害につながりかねないためです。
京都市は名札の記載を名字のみとし、問い合わせ時も原則として名字のみを回答する運用にしています。佐賀県および佐賀市などでは、窓口業務の職員が「フルネーム」か「名字のみ」かを選べる形に名札の仕様を見直しました。表記の選択肢は自治体によって幅があります。
- 名字のみ:個人特定の手がかりを減らす
- 職員番号:氏名を出さず責任所在は残す
- 役職名表記:担当を示しつつ個人名を伏せる
ここで注意したいのは、来庁者への透明性と職員保護のバランスです。名前を伏せることは「責任逃れ」ではなく「個人情報保護」であり、両者は明確に区別して住民に説明することが望まれます。
対応時間の打ち切り基準や氏名公表で抑止する事例
運用面では、対応時間の目安を定める自治体もあります。広報広聴部門のマニュアルでは、市政と無関係な世間話などで長時間拘束が生じた場合に、30分から1時間を目途に対応を打ち切り、脅迫や強要が発生した際には警察など関係機関に連絡する、といった基準を設けている例が報告されています。
ただし、時間制限は一律の打ち切りではなく、暴言・反復・業務妨害の有無とセットで運用することが前提です。実務に落とし込む際は、次の要素をルール化しておくと機能しやすくなります。
- 記録:日時・言動・要求内容を統一様式で残す
- 複数対応:一定段階で複数職員に切り替える
- 上司引き継ぎ:エスカレーションの基準を明示する
- 警告文言:打ち切り前に伝える定型文を用意する
奈良市のように悪質行為者の氏名公表で抑止を図る例や、生駒市のように職員等を対象とした実態調査で被害を把握したうえで対策につなげた例もあります。実態把握から名札変更・記録体制の整備まで一貫して進めると、自組織への転用イメージが具体化します。
義務化を見据えた公務員のカスハラ対策の進め方

カスハラ対策は、いまや「やった方がよい取り組み」から「法的に求められる措置」へと変わりつつあります。制度の要点を押さえたうえで、担当者が次に何をすべきかまで具体化します。
改正法と人事院規則が職場に求める措置を押さえる
民間・公務を問わず影響が大きいのが、労働施策総合推進法の改正です。改正法(令和7年法律第63号、2025年6月11日公布)により、2026年10月1日からカスハラ対策が事業主の措置義務となります。具体的な内容を定めた指針も2026年2月26日に公布されており、地方公共団体を含むすべての事業主が対象です(出典:厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」)。
国家公務員についても、人事院がカスタマー・ハラスメント対策に係る新しい「人事院規則10-17(カスタマー・ハラスメントの防止等)」を制定しており、2026年10月1日から施行されます。各府省には、職員を保護する方針の明確化・周知や、悪質なカスハラに対処できる体制の整備など、職員を守るための具体的な措置を講じることが求められます(出典:人事院「カスタマー・ハラスメント対策に係る人事院規則の制定について」)。
注目したいのは、この人事院規則10-17の解説で示されているカスハラの該当例が、本記事で紹介した5事例とほぼ重なる点です。SNS等への職員のプライバシー情報の投稿、盗撮や無断での撮影、土下座の強要、同様の質問を執拗に繰り返す行為、長時間にわたる居座りや電話での拘束などが、社会通念上許容される範囲を超える言動として例示されています。国が示す定義と現場の事例が一致していることは、これらが特殊なトラブルではなく組織的に対応すべき問題だという裏づけになります。
地方公共団体に対しては、総務省が調査結果を踏まえた通知を発出し、実態把握・方針の明確化・相談体制・研修・記録体制などの観点で対策を求めています。「罰則がないから不要」ではなく、安全配慮義務・職員保護・離職防止の観点から必要な取り組みだと捉えることが大切です。
出発点は、まず自組織で起きているカスハラ事例を集め、対応ルールに落とし込むことです。マニュアル整備・職員研修・相談体制づくりは、施行前から準備を進めておく必要があります。具体的な進め方は、マニュアルの作り方や庁内方針の例文、研修設計、義務化対応を解説した関連記事もあわせて参考にしてください。
実態把握とマニュアル整備・記録体制から着手する
対策は、思いつきの施策ではなく実態把握から始めるのが定石です。まず職員アンケートや部署別ヒアリングで被害の実態をつかみ、部署ごとに起こりやすいカスハラを分類します。そのうえで対応フローを作り、記録様式を統一します。具体的な作成手順やひな形の考え方は、カスハラ対応マニュアルの作り方で詳しく整理しています。録音・録画・防犯カメラの運用は、庁内規程や個人情報保護の観点も確認しておきましょう。そして「誰が・いつ・どの基準で上司に引き継ぐか」を明確にすることが、属人化を防ぐ鍵になります。着手状況は、次のチェックリストで点検してみてください。
- 職員アンケートで被害実態を把握しているか
- カスハラの判断基準を文書化しているか
- 窓口・電話・SNSごとの対応フローがあるか
- 暴言・長時間対応・無断撮影時の引き継ぎ基準があるか
- 記録様式が統一されているか
- 管理職が現場対応に入る基準があるか
- 相談窓口・メンタルケア体制があるか
- 研修やロールプレイを実施しているか
一つでも「できていない」項目があれば、そこが次に着手すべきポイントです。より詳しく点検したい場合は、カスハラチェックリストも活用してください。
相談窓口と職員のメンタルケアを充実させる
被害そのものと同じくらい深刻なのが、被害後に相談できないことによる二次被害です。自治労連調査では、職場にカスハラの相談窓口が設置されているかという問いに62.7%が「わからない」と回答しており、制度が現場に届いていない実態がうかがえます。
相談窓口・人事・産業医・外部相談先・労働組合などが連携し、職員が安心して相談できる導線を整えることが求められます。運用面では、被害を受けた職員を責めないこと、相談後の配置への配慮や面談・再発防止策を用意すること、そして管理職向けの研修を通じて対応力を底上げすることが重要です。自治体・官公庁向けの研修設計については、自治体のカスハラ研修の進め方でも詳しく解説しています。相談したことで不利益を受けない仕組みが、職員を守る体制の土台になります。
現場の公務員が今日から実践できるカスハラへの備え
組織の体制づくりと並行して、現場の職員や管理職が今日から使える初動の型もあります。難しく考えず、判断と共有の2つのコツを押さえておきましょう。
カスハラと正当な要望を切り分ける判断の視点
最初のコツは、目の前の言動を冷静に切り分けることです。判断軸はシンプルで、「要求内容」と「手段・態様」を分けて考えること。内容が正当でも、暴言や長時間拘束といった態様が不相当ならカスハラに当たり得ます。逆に内容が不当でも、すぐにカスハラと決めつけず事実確認を優先します。
- 事実と意見を分ける:起きた事実と相手の主張を切り離す
- 要求と態様を分ける:内容の当否と手段の適否を別に見る
- 迷ったら止める:個人で結論を出さず組織に上げる
暴言・脅迫・長時間拘束・反復・撮影・個人攻撃が見られたら、その時点で組織対応に切り替えるのが目安です。
一人で抱え込まず組織対応につなげる初動のコツ
次のコツは、抱え込まずに共有することです。まず、対応の場面で使える基本フレーズを用意しておくと、感情的にならずに線を引けます。「ご意見として承ります」「事実確認のうえ、組織として回答します」「これ以上の暴言が続く場合は、対応を継続できません」といった言い回しが有効です。あわせて、後から組織で判断できるよう次の項目を記録しておきましょう。
- 日時・対応者・同席者:いつ誰が対応したか
- 相手の発言・要求内容:何を言われ何を求められたか
- こちらの説明・次回方針:どう返しどう進めるか
そして、上司へ報告するタイミングをためらわないことが大切です。我慢強い職員ほど一人で抱え込みがちですが、早期に共有することはむしろ望ましい初動です。声を上げることを肯定できる職場の空気づくりが、被害の連鎖を止めます。
まとめ:公務員のカスハラ事例から学び職場を守ろう
公務員のカスハラは、窓口・電話・SNS・悪質要求・納税者意識の乱用といった複数の場面で起こり、調査でも被害の広がりが確認されています。大切なのは、正当な住民の声とカスハラを切り分けたうえで、職員個人の我慢に頼らず、記録・マニュアル・相談体制・管理職の関与といった組織の仕組みで守ることです。公務員のカスハラ事例を知ることは、職員を守る体制づくりの出発点にすぎません。まずは自組織で起きている事例を分類し、判断基準・初動対応・記録ルールを文書化することから始めましょう。庁内方針や職員向け方針を作る場合は、カスハラ社内方針の例文テンプレートを自治体向けに調整してたたき台に活用でき、マニュアル整備や研修設計を進める際は関連ガイドもあわせて確認してください。
この記事の参考資料
- 厚生労働省:「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」(雇用管理上講ずべき措置等についての指針=令和8年厚生労働省告示第51号を含む)、「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」
- 総務省:「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査結果/取組事例集/通知」
- 自治労連:「働くみんなの要求・職場アンケート(2024-25年)」
- 人事院:「人事院規則10-17(カスタマー・ハラスメントの防止等)」、「制定に関する発表」(令和8年10月1日施行)
- 自治体公式サイト・報道:京都市/桑名市/奈良市/生駒市/佐賀新聞/ジチタイワークス
※法律・制度・自治体の取り組みは変更される場合があります。個別の対応にあたっては、最新の法令および各機関の公式情報をご確認ください。犯罪に該当し得る行為への対応は、専門部署や警察・弁護士等への相談が必要になる場合があります。
カスハラ対策実務ガイド 
