カスハラは取引先からも起きる!従業員を守る毅然とした対応5ステップ

「大切な取引先だから、理不尽な要求でも断れない」「営業担当が一人で抱えて、心をすり減らしている」。令和8年(2026年)10月1日の改正労働施策総合推進法の施行を控え、取引先からのカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)にどう向き合うかは、多くのBtoB企業にとって避けて通れない課題になっています。

ただし、取引先からの要求がすべてカスハラにあたるわけではありません。品質や納期に関する正当な指摘と、社会通念を超えた手段・態様による攻撃は、切り分けて考える必要があります。ここを誤ると、正当なやり取りまで過剰に身構え、かえって関係を損ないかねません。

本記事では、取引先カスハラ(BtoBカスハラ)の特徴と法的リスク、被害を受けたときの対応5ステップ、申し入れ文例と記録テンプレ、義務化に備えた予防と体制づくりまでを、公的な一次情報をもとに実務目線で整理します。まずは全体像を短く確認し、すぐに具体的な対応手順へ進めるようにします。なお、カスハラの定義や正当なクレームとの違い、基本的な対応手順から確認したい方は、カスハラ対策とは?義務化の内容・具体例・5つの対応手順もあわせてご覧ください。

この記事でわかること

  • 取引先カスハラ(BtoBカスハラ)の特徴と、消費者カスハラとの違い
  • 放置した企業が負う法的リスク(安全配慮義務・使用者責任・取適法)
  • 被害を受けたときの対応5ステップ(記録テンプレ・申し入れ文例つき)
  • 義務化に備えた契約条項・相談窓口・マニュアルの整え方
  • 自社が取引先への加害側にならないためのセルフチェック

取引先カスハラ(BtoBカスハラ)とは、取引先の担当者や発注元などから、社会通念上許容される範囲を超えた言動(暴言・威圧・長時間の拘束・契約外の一方的な要求など)を受け、労働者の就業環境が害されることを指します。2026年10月1日からは、従業員を雇用するすべての事業主に対し、カスハラ防止のための雇用管理上必要な措置が義務化され、法律上の定義には「取引の相手方」も含まれます。義務化で企業が整えるべき全体像は、カスハラ対策義務化で企業がやるべき5つの措置で詳しく解説しています。

カスハラ対策実務ガイド編集部の結論
編集部では、取引先カスハラの最大のポイントは「切れない相手にどう線を引くか」だと考えます。取引先カスハラは、現場担当者の我慢で処理するのではなく、記録・共有・申し入れ・取引判断を「組織」で行って初めて、従業員も取引関係も守れます。

特に営業担当が発注元と一対一で向き合う場面では、「どこからがカスハラか」「誰に上げ、どこに記録し、いつ申し入れるか」を先に決めておくことが、離職の防止と取引の継続を両立させます。なお本記事の編集部独自整理は、厚生労働省・政府広報オンライン・公正取引委員会・東京都などの公的情報をもとに、現場で使いやすい形へ再構成したものです。

この記事の編集者

カスハラ対策実務ガイド編集部

カスハラ対策実務ガイド編集部

カスハラ対策実務ガイドは、企業・店舗・現場担当者に向けて、カスタマーハラスメント対策に役立つ実務情報を発信するWebメディアです。編集部では、カスハラの基礎知識、社内体制づくり、従業員を守る対応手順、マニュアル整備のポイントなどを、現場で活用しやすい形でわかりやすくお届けしています。

カスハラは取引先からも起きるBtoBカスハラの実態と特徴

カスハラは取引先からも起きるBtoBカスハラの実態と特徴

カスタマーハラスメントは一般消費者だけの問題ではなく、企業間取引の現場でも現実に起きています。ここでは、取引先カスハラが持つ特徴と、義務化によって対応が必須になった背景を整理します。

取引先からのカスハラは消費者カスハラと何が違うのか

BtoBカスハラの最大の違いは、相手との関係が「継続」しており、売上を依存していることが多い点にあります。まずは消費者からのBtoCカスハラと対比して、その構造を整理します。

観点BtoCカスハラ(消費者)BtoBカスハラ(取引先)
相手一般消費者取引先担当者・発注元
関係性一回限りのことも多い継続取引・売上依存がある
断りにくさ店舗・現場判断で対応できる場合あり営業・経営判断が絡み断りにくい
主なリスク現場の疲弊・離職取引停止・売上減少・組織間トラブル

このように、BtoBカスハラは「相手を選べない・逃げられない」構造の中で起こります。ここで重要なのは、要求そのものが正当かどうかと、その伝え方が相当かどうかを分けて考えることです。仕様変更の依頼や納期の相談、契約に基づく要求は本来正当なやり取りであり、たとえ厳しい内容でも直ちにカスハラにはなりません。問題になるのは、暴言・人格否定・長時間拘束など、手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えたときです。厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」でも、身体的・精神的な攻撃、威圧的な言動、継続的・拘束的な行為、不当な要求などが行為類型として整理されており、線引きの参考になります。

優越的地位を背景にした「断りにくさ」がBtoB最大の特徴

取引先カスハラが厄介なのは、相手が「断りにくい立場」にあることです。売上依存度の高い取引先、案件を紹介してくれる元請け、規模の大きい発注元などが相手だと、現場担当者は「ここで機嫌を損ねたら取引を失う」という不安から、不当な要求でも呑んでしまいがちです。次のような心理が、現場に問題を抱え込ませます。

  • 取引を失うことへの不安から、その場で反論できない
  • 「大口顧客だから」と上司に相談しづらい空気がある
  • 自分の対応力や交渉力が足りないせいだと思い込む
  • 顧客対応・営業努力との境界が曖昧で、どこからが不当か判断できない

しかし、現場の我慢だけで処理しようとするほど、問題は個人の内側にとどまり、会社としての対応が遅れます。従業員が心身をすり減らして耐え続ける状態を放置すれば、企業は次章で述べる安全配慮義務の観点からリスクを負うことになります。「担当者の頑張り」で乗り切る問題ではなく、組織として線引きし、守る仕組みが必要だということです。

義務化でカスハラの定義に「取引の相手方」が明記された

取引先カスハラへの対応は、もはや「望ましい取組」ではなく法的な要請になりつつあります。厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」や政府広報オンラインによると、改正労働施策総合推進法によってカスハラ対策が事業主の雇用管理上の措置義務となり、2026年(令和8年)10月1日から施行されます。根拠となる改正法は令和7年法律第63号として2025年6月11日に公布され、事業主が講ずべき措置を具体化した指針(令和8年厚生労働省告示第51号)は2026年2月26日に公布されました。施行日・根拠法・指針の詳細は、厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」で確認できます。この措置義務は業種・規模を問わずすべての事業主に課され、労働者を雇用する事業主は施行日までに必要な措置を確認しておく必要があります。

押さえておきたいのが、カスハラの法律上の定義です。次の3要素で整理できます。

  • 職場で行われる、顧客・取引の相手方・施設利用者など事業に関係を有する者の言動であること
  • 業務の性質等に照らし、社会通念上許容される範囲を超えたものであること
  • それにより労働者の就業環境が害されること

注目すべきは、対象に「取引の相手方」が明示的に含まれている点です。つまり、消費者だけでなく取引先からの言動も、法律上カスハラの対象として位置づけられています。なお国の法改正に先行して、東京都では全国初のカスタマー・ハラスメント防止条例が2025年4月1日に施行され、あわせて防止に関する指針(ガイドライン)も策定されました。この東京都の指針では、企業間取引を背景としたカスタマー・ハラスメントも防止の対象に含まれると整理されており、取引先カスハラを考えるうえでも参考になります。都内企業が条例対応として何を整えるべきかは、東京都カスハラ条例の対象範囲と企業対応もあわせて確認できます。

カスハラを取引先から受けたときに企業が負う法的リスク

取引先カスハラを現場任せにして放置すると、加害者は取引先でも、自社がリスクを負う可能性があります。ここでは、企業が意識すべき3つの法的論点を、一般的な解説として整理します。

従業員を放置すると問われる安全配慮義務違反

会社は、取引先の担当者本人がカスハラの行為者であっても、自社の従業員を守る立場として対応する責任を負う可能性があります。労働契約法などのもとで、事業主は従業員が安全で健康に働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)を負うとされており、取引先からの著しい言動を把握しながら何もしない状態は、この義務との関係で問題となり得ます。放置と評価されかねない典型例は次のとおりです。

  • 上司が「大事な取引先だから我慢して」と対応を丸投げする
  • 担当者を交代させず、一人で対応させ続ける
  • 記録・相談・エスカレーションの仕組みがそもそもない
  • 心身の不調の訴えを把握しても、業務調整をしない

こうした状態が続けば、従業員の休職・離職、労災認定、損害賠償請求、さらには採用難や既存社員の士気低下といった形で、経営に影響が及ぶおそれがあります。従業員を守ることは、単なる感情論や福利厚生ではなく、企業のリスク管理そのものです。

加害企業に問える使用者責任と損害賠償の裁判例

取引先の担当者による言動が問題になる場面では、民法715条の使用者責任が論点になり得ます。これは、従業員が業務に関連して他者に損害を与えた場合、その雇用主である企業も責任を負うことがある、という考え方です。この点を示す例として、厚生労働省が公表する裁判例の傾向に関する資料でも取り上げられている、長野地裁飯田支部の令和4年8月30日判決があります。

この事案では、取引先である病院側の担当者が、医療機器販売会社の営業担当者に対して行った暴行・脅迫について、裁判所が「カスタマーハラスメントとも言うべき」ものと評価し、加害担当者本人の不法行為責任に加え、雇用主である病院の使用者責任を認めたと整理されています。同資料では、営業担当者側が、最大手の取引先である病院との取引関係を壊さないよう配慮せざるを得ない弱い立場にあり、理不尽な暴行・脅迫に耐えていた点にも触れられています。判決の金額や詳細な争点までは断定を避けますが、実務への示唆は明確です。

  • 相手企業の窓口へ申し入れる際の根拠になり得る
  • 事実の記録・証拠の保全が判断の分かれ目になる
  • 個人間のトラブルではなく、組織間の問題として扱うべきである

このように、取引先からのカスハラは実際に裁判で争われ、加害企業の責任が認められた例もあります。個人間のもめ事として現場に押し付けるのではなく、組織間の問題として早めに対応することが、結果的に自社を守ることにつながります。損害賠償請求や刑事・民事上の対応など、取り得る選択肢を確認しておきたい場合は、カスハラで顧客を訴えるにはもあわせて確認してください。

優越的地位の濫用として独占禁止法・下請法に触れる場合

取引先カスハラは、ハラスメントの問題であると同時に、取引法務・公正取引上の問題と重なる場合があります。ただし、カスハラが常にこれらの法律に直結するわけではないため、慎重に整理する必要があります。取引上の立場を背景に、次のような要求が一方的に行われる場合、ハラスメントとは別の観点から問題として扱われることがあります。

  • 契約の範囲を超える業務を無償で押し付ける
  • 合理的な理由のないやり直しを繰り返し求める
  • 著しい減額や不当な返品・損害賠償を要求する
  • 実現困難な短納期を一方的に押し付ける

これらは、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」や下請法の観点から検討され得る行為です。なお下請法は、2025年の改正により名称が「中小受託取引適正化法(取適法)」へと変わり、2026年1月1日から施行されています。優越的地位の濫用や取適法の基本的な考え方は、公正取引委員会「優越的地位の濫用及び取適法の概要」で確認でき、どのような行為が濫用に当たり得るかの判断枠組みは「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」に整理されています。あくまで「ハラスメント」と「取引法務・公正取引上の問題」は重なる場合がある、という理解にとどめ、具体的な判断はこれら公正取引委員会・中小企業庁の公的情報を参照しつつ、専門家に相談するのが安全です。

カスハラを取引先から受けた際の対応5ステップ

取引先カスハラは、現場の判断だけで抱え込まず、決まった手順に沿って組織で対応することが肝心です。ここでは、実務でそのまま使える対応フローを5つのステップに分けて示します。まずは全体像を確認しましょう。

ステップやること主な担当者記録すべきもの注意点
1正当なクレームかカスハラかを線引き現場担当・上長要求内容と手段・態様現場だけで即断しない
2事実を記録し複数人体制にする現場担当・上長日時・発言・証拠担当者を一人にしない
3社内で共有し組織として対応する上長・人事・法務相談記録・方針営業だけで抱えない
4相手企業へ事実確認と申し入れ上長・管理職申し入れ文書・回答個人攻撃にしない
5改善されなければ取引継続を判断部門責任者・経営層判断根拠・経緯二択でなく段階対応

5つのステップを見ると身構えてしまうかもしれませんが、まず取り組むべきことはシンプルです。事実を記録し、上長に共有すること。この2つを最初に押さえるだけで、その後の判断や申し入れが格段に進めやすくなります。

ステップ1 正当なクレームとカスハラの線引きを確認する

最初にやるべきは、そのやり取りが「正当なクレーム」なのか「カスハラ」なのかを見極めることです。判断は、要求内容が妥当か(要求内容の妥当性)と、その伝え方が相当か(手段・態様の相当性)の2軸で整理すると分かりやすくなります。次の4象限で見てみましょう。

手段・態様が穏当手段・態様が不当
要求内容が妥当通常の取引先対応カスハラの可能性(手段が問題)
要求内容が不当契約・取引条件の問題として対応毅然とした強い対応が必要

ここで見落としやすいのは、要求内容そのものが正当でも、やり方が社会通念を超えればカスハラに当たり得るという点です。「言っていることは正しいのだから我慢するしかない」と考えてしまうと、暴言や長時間拘束まで受け入れることになりかねません。逆に、社会通念上許容される範囲で行われた指摘は、いわば正当な申入れであり、カスハラには当たりません。だからこそこの線引きは、現場担当者一人の主観に任せず、上長を交えて判断することが重要です。正当なクレーム・要注意クレーム・カスハラの違いを具体例で確認したい場合は、カスハラとクレームの違いも参考になります。

ステップ2 事実を正確に記録し担当者を一人にしない

カスハラの可能性があると判断したら、次は事実を記録に残すことです。後から相手企業へ申し入れる際も、社内で対応方針を決める際も、客観的な記録が土台になります。記録に残すべき項目は次のとおりです。

  • 日時/相手企業名・担当者名/自社の対応者
  • 要求内容と、実際の発言内容(できるだけ具体的に)
  • 手段・態様(暴言・威圧・拘束時間など)
  • こちらの回答と、証拠の有無(録音・メール・チャット等)
  • 心身への影響と、次回の対応方針

自社の初動対応や記録体制をまとめて確認したい場合は、カスハラチェックリストを使って、判断基準・相談窓口・記録方法を点検しておくとスムーズです。録音、メールの保存、チャット履歴、議事録などは有力な証拠になりますが、録音や個人情報の扱いは社内規程や法務の確認が必要な場合があるため、事前にルールを整えておくと安心です。あわせて徹底したいのが「担当者を一人にしない」ことです。これは精神論ではなく、同席者をつける・窓口を変更する・上長が同席する・議事録を共有するといった具体策として運用します。

ステップ3 社内で情報共有し組織として対応する

記録を取ったら、それを現場に留めず、組織として共有します。誰にどの段階で上げるかを、あらかじめエスカレーションルートとして決めておくことが重要です。基本形は「現場担当者→上長→部門責任者→人事・労務→法務→経営層」という流れです。次のような兆候が見えたら、法務・経営層へ上げる目安になります。

  • 暴言・脅迫や、契約外の要求が繰り返されている
  • 担当者に心身の不調が出始めている
  • 取引停止をちらつかせて要求を通そうとしている
  • 損害賠償・SNS投稿・告発などを示唆されている

ここで避けたいのは、営業担当者やその上司だけで問題を抱え込むことです。「取引に関わる話だから営業マターだ」と閉じてしまうと、法的な観点や全社的なリスク判断が抜け落ちます。カスハラ対応は、部署を横断して組織で引き受ける前提で設計しましょう。

ステップ4 相手企業へ事実確認と申し入れを行う

社内で方針が固まったら、相手企業への申し入れに進みます。ここで大切なのは、これを担当者個人への「抗議」や「攻撃」ではなく、組織対組織の「事実確認」と「再発防止の依頼」として行うことです。感情的にならず、ステップ2で残した記録に基づいて、起きた事実を淡々と伝えます。相手企業にも、自社の従業員に問題があれば把握したいという事情があるため、冷静な事実確認は多くの場合むしろ歓迎されます。具体的な文面と、避けるべき表現は次の項で示します。

相手企業への申し入れ文例とNG表現

実際の申し入れは、いきなり取引停止を示唆するのではなく、段階的に改善を要請する流れが基本です。法的な主張を断定せず、必要に応じて専門家へ相談する姿勢にとどめます。以下は、自社の状況に合わせて調整して使う前提のメール文例です。

件名:貴社ご担当者様との業務上のやり取りに関するご確認のお願い

株式会社〇〇 △△部 ご担当者様

いつも大変お世話になっております。株式会社□□の(部署・氏名)でございます。日頃より円滑なお取引を賜り、誠にありがとうございます。

本日は、弊社担当者と貴社ご担当者様との業務上のやり取りについて、事実確認のお願いを申し上げたくご連絡いたしました。(日時)ごろ、(場面)におきまして、弊社担当者に対し(具体的な言動の概要)がございました。弊社としましては、担当者が安心して業務にあたれる環境を整える責任を負っており、こうしたやり取りが続くと担当者の就業環境に影響が生じかねないものと考えております。

つきましては、恐れ入りますが下記についてご確認・ご検討いただけますと幸いです。
・上記の経緯について、貴社側でも事実関係をご確認いただけますでしょうか。
・今後の窓口を(担当者名/連絡先)に一本化させていただきたく存じます。
・同様のやり取りが生じた場合には、両社で対応方法を改めて協議させていただければと存じます。

今後も貴社と良好なお取引を継続したく考えております。何卒ご理解のほどお願い申し上げます。

一方で、次のような表現は避けるべきです。感情や断定が先に立つと、事実確認の場が紛争の火種に変わってしまうためです。

  • 「御社は違法です」:事実確認前の断定は決めつけになり紛争化しやすい
  • 「今後一切取引しません」:感情的な最終通告は段階的対応の余地を失わせる
  • 「担当者を処分してください」:相手企業の人事への踏み込みは越権にあたる
  • 「こちらにも録音があります」:威圧・脅しと受け取られ冷静な協議を壊す

ステップ5 改善されない場合に取引継続を判断する

申し入れをしても改善が見られない場合は、取引を続けるかどうかを経営判断として下す段階に入ります。この判断は現場任せにせず、次のチェックリストを踏まえて組織的に検討します。

  • その取引先への売上依存度はどの程度か
  • 従業員の心身への影響はどこまで出ているか
  • 相手に改善の可能性はあるか/代替取引先はあるか
  • 契約上、解除や更新拒絶は可能か
  • レピュテーションリスク・法的リスクはどうか

ここで重要なのは、「すぐ切る」か「我慢する」かの二択で考えないことです。実際には、その間に多くの段階的な選択肢があります。担当変更→窓口の一本化→書面対応化→定例会議化→契約条件の見直し→更新時の条件変更→取引縮小→契約終了、という順に、関係を保ちながら圧力を下げていく道筋が取れます。取引継続の可否は売上と従業員保護を天秤にかける重い判断であり、だからこそ現場ではなく部門責任者・経営層が担うべき領域です。

カスハラを取引先から繰り返し受けないための予防と体制づくり

カスハラを取引先から繰り返し受けないための予防と体制づくり

個別対応だけでは、取引先カスハラは繰り返されます。ここでは、義務化対応と再発防止を結びつけ、取引先カスハラに強い会社の仕組みづくりを解説します。

契約書にハラスメント禁止条項を盛り込む

予防の第一歩は、取引のルールそのものにハラスメント禁止を組み込むことです。契約書に条項を設けておけば、問題が起きたときに「事前に合意したルール」を根拠に対応でき、申し入れも段階的な措置も進めやすくなります。以下はサンプルですが、そのまま使える確定的な文面ではなく、法務・弁護士の確認を前提に自社の契約体系に合わせて調整してください。

第〇条(ハラスメントの禁止)

1. 甲および乙は、相手方の役員および従業員に対し、暴言、脅迫、人格を否定する言動、長時間の拘束、契約の範囲を超える一方的な要求その他社会通念上相当な範囲を超える行為(以下「ハラスメント行為」という)を行ってはならない。

2. ハラスメント行為が生じた場合、甲および乙は誠実に協議し、必要に応じて担当窓口の変更、再発防止策の実施等の対応を講じる。

3. ハラスメント行為が重大または繰り返される場合、相手方は本契約の全部または一部を解除し、または取引を停止できる。

条項に盛り込むべき要素を整理すると、暴言・脅迫・人格否定・長時間拘束・契約外要求の禁止、違反時の誠実協議、担当窓口の変更、再発防止の要請、そして重大・反復時の契約解除や取引停止の可能性、という骨格になります。取引開始時にこうした条項を双方で確認しておくこと自体が、抑止力として働きます。自社名義の掲示文や基本方針の文面を整える際は、カスハラ社内方針の例文テンプレートを文言のたたき台として使うと進めやすくなります。

取引先の対策状況を事前に確認する

新規に取引を始める際は、相手企業のカスハラ対策の姿勢を、契約前に確認しておくと安心です。次のような項目をチェックリスト化しておきましょう。

  • ハラスメント防止の方針や相談窓口があるか
  • 担当窓口が明確で、連絡ルートが整理されているか
  • 契約外の要求が発生した際の協議方法が決まっているか
  • 深夜・休日対応についてのルールがあるか

既存の取引先に対しても、定例会や契約更新のタイミングを使えば、角を立てずに確認できます。その際は上から目線にならない聞き方が大切です。たとえば「両社で気持ちよくお取引を続けるために、対応窓口や連絡ルールをあらためてすり合わせさせていただけますか」と切り出せば、相手も身構えずに応じやすくなります。

義務化に備えた相談窓口とマニュアルを整備する

2026年10月1日に施行されるカスハラ対策の義務化に向けては、取引先カスハラも想定したマニュアルの整備が欠かせません。マニュアルに盛り込むべき項目は次のとおりです。

  • 判断基準:カスハラと正当なクレームを分ける目安
  • 記録方法・窓口:記録項目とエスカレーションルート
  • 申し入れ手順:相手企業への事実確認と再発防止依頼
  • 取引継続判断:担当者保護と再発防止策

社内方針・研修・相談窓口・マニュアルは、単体ではなくセットで整えることで初めて機能します。厚生労働省の指針が示す措置、すなわち方針の明確化と周知・啓発、相談体制の整備、発生後の迅速かつ適切な対応、抑止のための措置、相談者への不利益取扱いの禁止などと対応づけて設計すると、義務化への備えとしての信頼性も高まります。マニュアルのひな型やリーフレット、研修動画は、厚生労働省のポータルサイト「あかるい職場応援団」の資料ダウンロードページから入手でき、相談窓口やエスカレーション体制を含めた手順は、カスハラ対応マニュアルの作り方で、記録方法や警察・弁護士への相談基準まで整理しています。

最後に忘れてはならないのが、取引先との「対等な関係」を仕組みで実現するという視点です。「下請けだから」「発注元だから」という上下意識は、意識改革の号令だけでは変わらず、契約条項・窓口の一本化・定例会議・エスカレーション基準・やり取りの書面化といったルールを積み上げて初めて実現します。自社も相手を尊重する姿勢を持つこと。この双方向の仕組みづくりこそが、取引先カスハラを繰り返させない最も確実な予防策になります。

カスハラは取引先への「加害」側でも起こる自社を守るセルフチェック

カスハラは取引先への「加害」側でも起こる自社を守るセルフチェック

被害対策を進めるなら、自社が知らぬ間に加害側になっていないかの点検も欠かせません。ここでは、加害リスクを減らすための自己点検と対応手順を解説します。改正法では、自社の労働者が取引先等にカスハラを行い、被害を受けた相手方から事実関係の確認など必要な協力を求められた場合に、これに応じることが努力義務として整理されています(改正後の労働施策総合推進法33条3項)。被害と加害は表裏一体であり、加害側にならない備えも同じ枠組みのリスク管理です。

自社が取引先に過度な要求をしていないか確認する

まず点検したいのは、日々の取引先対応の中に、過度な圧力になっている要求がないかどうかです。次のような要求は、加害側になりやすい典型例です。

  • 無理な短納期や、契約外の無償対応を求める
  • 深夜・休日の即時対応を当然のように要求する
  • 過度な値引きを繰り返し迫る
  • 人格を否定する言い方や、威圧的な口調で接する

ここで区別したいのは、「成果への責任感」と「相手への過度な圧力」は別物だということです。品質や納期にこだわること自体は正当ですが、その伝え方が相手の担当者を追い詰めるものであれば、それはカスハラに近づきます。管理職は、部下が取引先にどう接しているかを定期的に点検し、熱意が圧力に転じていないかを見る視点を持つことが求められます。

自社が加害を指摘されたときの調査と対応手順

取引先から「御社の担当者の言動に問題がある」と申し入れを受けたときは、感情的に反応せず、決まった手順で調査します。基本の流れは次のとおりです。

  • 申し入れを受領し、事実関係を確認する
  • 関係者へのヒアリングと、証拠の確認を行う
  • 必要に応じて暫定的に窓口を変更する
  • 事実に応じた謝罪・再発防止と、従業員への指導・教育を行う

この場面で難しいのは、公平さの保ち方です。取引先の言い分だけを鵜呑みにして自社従業員を一方的に処分すれば、従業員の信頼を失います。逆に、身内をかばいすぎれば取引先との信頼を失います。どちらにも偏らず、事実に基づいて双方の言い分を確認する公平な調査プロセスを踏むことが、結果的に自社と取引関係の両方を守ります。

加害を防ぐ「リスペクト」の社内教育を根づかせる

加害を未然に防ぐには、日常的な社内教育が有効です。研修では、次のような具体的なテーマを扱うとよいでしょう。

  • 取引先への依頼の仕方と、断られたときの受け止め方
  • 契約範囲を確認したうえで要求する習慣づけ
  • 感情的な言い方の抑制と、冷静な伝え方
  • メール・チャットでの威圧的な表現の防止

あわせて、管理職向けと現場向けで研修を分けることも効果的です。管理職には部下の取引先対応を点検し、圧力に転じていないかを見る役割を、現場には日々のコミュニケーションで相手を尊重する姿勢を、それぞれ重点的に伝えます。取引先を対等なパートナーとして尊重する文化は、こうした継続的な教育を通じて根づいていきます。自社に合った研修を選ぶ際は、カスハラ研修おすすめ7選で、研修の選び方や進め方を確認できます。

まとめ:取引先からのカスハラは「組織」で従業員を守る

取引先からのカスハラは、2026年10月の義務化で対象となり得る、企業が正面から向き合うべき課題です。ポイントは3つに整理できます。第一に、取引先の言動も法律上のカスハラの対象になり得ること。第二に、現場任せにせず、記録・共有・申し入れ・取引判断を組織として行うこと。第三に、契約条項・相談窓口・マニュアル・研修で再発を予防することです。取引を切れない相手に困っているときこそ、個人の我慢ではなく組織の仕組みで従業員を守ることが、結果的に取引関係も守ることにつながります。義務化対応として何から整えるべきか迷う場合は、カスハラ対応マニュアルの作り方カスハラ対策義務化で企業がやるべき5つの措置を参考に、相談窓口・記録テンプレ・社内方針の整備から進めてください。

※本記事の法的説明は公的情報をもとに一般的な実務対応を整理したものであり、個別の事案については弁護士・社会保険労務士などの専門家にご相談ください。制度・施行日・各種条件は変更される場合があるため、最新の情報は厚生労働省・各自治体・公正取引委員会などの公式ページで必ずご確認ください。